日本人は投資が下手です。株は長期的に見れば右肩上がりなのですから、多くの人々が利益を得ていて良さそうなものです。しかし実際には半数以上の個人投資家が損をしているのです。これは何故なのでしょうか。
日本には「株主優待」という奇妙な風習があります。ショボい物品や優待券で個人投資家を釣ろうというのです。実際に人々が釣られています。ネットや雑誌では株主優待ランキングなる特集があり結構人気があるようです。
しかしながら「株主優待」は悪しき制度と言わざるを得ません。優待を受ける事を目的として株を買ってしまうとその銘柄に愛着を持ってしまいます。「保有効果」と呼ばれるものです。人間は関心を持つものに対しては過大評価をしてしまう傾向があるのです。
「株価が上がりそうだから株を持つ」のではなく「持っているから株価が上がるはず」と無意識のうちに考えてしまうのです。それが判断を狂わせます。株を買うのはキャピタルゲインを狙うからに他なりません。配当金狙いはまだしも、優待で株を選ぶなんて本末転倒も良いところです。
株はあくまで交換対象です。それ以外の価値はないのです。それ自体が物やサービスを生み出すものだと誤解してはなりません。株主優待の物品が「ほんのお気持ち程度のもの」という認識だったら構いませんが、それを目当てに株を買うのは間違っています。
高配当の株だったとしても、その会社がずっとその配当率を保証しているわけではありません。そこが債券とは全く違うところです。酷い所になると高配当で株主を繋ぎとめている企業もあります。例えば業績が悪化していたり従業員がほとんど仕事をしていないような会社です。本来なら淘汰されるべき存在です。会社は株主に利益を還元するものなので、配当金は当たり前ですが、高配当だけで株を選ぶのは間違っていると云えるでしょう。
また日本では、百株単位や千株単位でしか株を買えません。単元未満株やミニ株を利用すれば1株単位で売り買いが出来ますが、指値が使えず成り行きによる売買となってしまいます。日本の個人投資家のように短期での利ざや狙いで売買する場合には使えません。資本力のない個人は、単独の株に全資金を注ぎ込んで売買することになります。
日本株自体にも問題もあります。日本の相場は脆弱です。外国人機関投資家の動向に大きく左右されます。アメリカの株価が上がりその他の条件が良い時には、日本株も上がります。しかしちょっとでも悪い材料があると敏感に反応して大きく下げてしまいます。
インフレが進む分は上がっていくかもしれませんが、長期的にこれから利益を上げられる企業は限られてくるはずです。そもそも日本は上場企業が多すぎです。その中にはお話にならないような企業もあるのです。
日本株は、国内の個人投資家にとっては「為替を考えなくても良い」というメリットがあるはずでした。しかし実際は円高になっただけでだらしなく下げてしまいます。日本株は、米国株と比べて手数料や二重課税がないくらいしかメリットがないのです。
さらに日本の株式相場は、1990年代のバブル崩壊からアベノミクス開始までの20年以上にわたり下げ相場が続いたという特徴がありました。右肩上がりを見込んだ長期保有では益が出ません。だから短期や中期での上げ下げを狙って、早めに利益を確定するという方法しかなかったのです。これが日本人の個人投資家の行動を歪めた側面があります。
これ以降に述べる事は、日本人に限らず共通して見られる傾向です。
人間はほぼ利益を見込めそうだという場面では慎重になります。つまり少し含み益が乗った状態で早く利益を確定したがるのです。コツコツと少額の利益を確定していきますが、トータルでは大して儲かりません。そのうちにドカンと下げた時にそれまでの利益は吹き飛び大きな損失を被ります。これを利得における「確実性の効果」と呼びます。
逆にちょっと伸びそうだという銘柄を見つけると、人はそれを過大評価してしまいます。宝くじを買うのと同じ心境です。そうして成長銘柄と称するクズ株を買ってしまいます。これは利得における「可能性の効果」と呼びます。初心者なら普通に「三菱重工」や「日立製作所」といったような、外国の機関投資家が好みそうな株を素直に買っていればいいのです。「バリュー株」「グロース株」なんて分析は要らないのです。
また人は「少し損をしそうだ」という場面でも慎重になります。今まで順調に含み益が増えてきたのに、少しでも下げ始めると急に不安になります。見込み違いで買った株が下がった場合も同じです。「早く利益を確定しなくては」「損切りをしなくては」と考えるのです。そのために大きく利益を得ることができません。これは損失における「可能性の効果」です。
逆に下げ相場で株が急落した場合には、急に人は大胆になってしまいます。今度はリスクを取るようになるのです。後先を考えずに全てを投げ売りしたり、逆に資金力を超える買い増しをしたりします。損切りした残りのカネを単一銘柄に突込み、一発逆転を狙ったりもするのです。損失における「確実性の効果」です。
人間は利益を得た時の快楽よりも、損をした時の苦痛の方がより大きいというのが分かっています。人間は損を避けようとする生き物です。
株を持てば、当然日々の上がり下がりがあります。買い始めた当初ならなおさらです。ちょっとした下げだったとしても、毎日スマホで資産状況を確認すれば苦悩が積み重なっていきます。そうして暴落があると「もうこんな苦しみは嫌だ」とばかりに投げ売りをして全てを精算したくなってしまうのです。現金で買っているのなら資産状況なんていちいち見なくて良いのです。
長期保有狙いならいつ相場に参入しても構いません。そうは云っても「始めた時の相場で利益を得られたか、損をしたか」というのは、その後の投資を続けられるかどうかを大きく左右してしまいます。
いくら「3年は我慢」と自分に言い聞かせても、やはり損失状況を眺めながら何年も続けるのは難しいでしょう。また下げ相場によって資金が50%減ってしまったとしたら、そこから50%の利益ではなく100%の利益を出さなければ元に戻らないのです。
信用取引で自分の資金力以上の売買を行うなんて論外です。「上がった時は数千万円、下がったら追証で一発退場」なんてとても投資とはいえません。上がったり下がったりするのが相場なのに上がる方にしか賭けていないのです。
かといって下げ相場を追っていくのは困難です。大きく下げてもほとんどは一瞬です。空売りをしようとしても「底値で売って、高値で買い戻す」という事になりかねません。思惑が外れれば損失は青天井です。掛け捨て保険のプット・オプションを買って万が一に備えるくらいしか手がありません。
投資は博打ではありません。統計的に有利となるような行動をすべきです。確かに「売ったり買ったり」は楽しいかもしれません。しかしそれは余裕資金の範囲内でやるべきです。しかしながら多くの人は統計や確率の基礎さえ知らない状態で売買をしているのです。
素人の個人投資家は、取引回数が多いほど損が多いという統計結果が出ています。取引が多ければ、それだけ売買手数料がかさんで行きます。相場を「丁か半か」の1/2の博打だと仮定しても、長期的には必ず損をすることになります。それに加えて、上で述べたような間違った行動を取引の度にするのですから、さらなる損失を被るのです。「自分だけは統計値から外れた存在である」と信じる根拠は僅かしかありません。
確かに統計に則った投資では大きく損はしない代わりに、大きく儲けることもありません。だからリスクを取るという行為は理解できます。しかしながらそれを理解せずに投資に手を出している人があまりにも多いのです。大金持ちになることばかりを夢見て、奈落の底に突き落とされるリスクを考えていません。
要するに素人は、株を買ったら出来るだけ取引をせずに長期で保有するしか手はないのです。買ったら放ったらかしという事です。しかしそれではアドバイスする方もされる方も満足できません。
「どこかにノウハウがあるはずだ」と人は思ってしまいます。SNSを見ても「この人についていけば大丈夫」という呟きが散見されます。宣伝の要素もあるようですが、本当に信じ込んでいる人もいるようです。「秘密のテクニック」なんてないのです。私情を排し淡々と統計に則って間違いではない方法をとるだけです。もちろんそれだって絶対に勝てるという保証はありません。
宮本武蔵の「五輪書」は格闘家だけでなく海外の金融関係者にも読まれた本でした。本に厚みはなく内容も意外にあっさりとしています。その中で武蔵は「これは伝授できない」「よく研究することが必要」「よく鍛錬することが必要」と繰り返し書いています。基本的な型と考え方だけ示して「あとは各自が研究するように」という立場です。
原理はごく当たり前の事柄でしかありません。「なんだそんなことか」といったレベルの話です。それを自分で応用していくしかないのです。武蔵の本にも「秘伝」のようなものは一切書かれていません。しかしその原理は「剣術だけでなくどんな分野でも応用できる」考えです。武蔵は実践家でありながら、原理原則を極めていった人です。
ちなみに投資家のレイ・ダリオもこのタイプです。彼の本には、経済の分野にとどまらず平易な言葉で全ての物事に共通する原則が書かれています。世にあふれる凡百の書物とは異なり、レイ・ダリオの一連の著作は100年後も読まれている事でしょう。
多くの人は誤解しています。細かいテクニックは重要ではありません。それよりも原理原則の方が余程大事です。それが身についているか否かが、仕事や人生における長期的な差を生み出します。小人ほど些細な技術を有難がって無駄な努力を重ねるのです。
ファンダメンタル分析やテクニカル分析の前に、まずは自分を知ることです。自分がどういう動機で動いているのかを理解していないようでは話になりません。他の分析はすべて無駄となるのです。いくら経済ニュースを見たり株の勉強をしたりしても全ては無に帰します。
それほどの時間と手間を費やして、お金を失う結果になってしまったとしたら、一体その人にとっての打撃は如何程のものとなることでしょうか。仕事も人生もそこで終わってしまうのです。