日本は弱い国です。日本人の自信の程とは裏腹に、日本は外的なショックに大変脆弱なのです。たとえば為替です。為替が急激に動いた際に、彼らは自分の身を守る事ができないのです。
日本経済は、円安になっても円高になっても大きな衝撃を受けます。円高になったら日本に良さそうなものですが、金融資産は軒並み下がってしまいます。一方で物価は相変わらず高いままです。円高がしばらく続いてもそのままでしょう。
ここ30年の間に、ドル円が80円から160円の間で揺れ動いた際に、ガソリン価格はおおよそ97円から190円のあいだで推移しました。
日本人は円高になってもそれほど恩恵を受けられません。けれども円安になると物価が軒並み暴騰します。何のことはない。企業は円高になれば安くなった分の利益を溜め込みます。しかし円安になればそのリスクを消費者に転嫁するのです。「俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの」と考えるのが企業です。
円高になって恩恵を受けられるのは個人輸入をしている人か、輸入業者と直接取り引きをしている人だけです。例えば円高で、ヴィンテージのサーフボードや希少な外車を安く手に入れることができます。
とはいえ、円高で金融資産が暴落しても、保険としてプットオプションを購入していた人は適切に利益を上げられたはずです。
プット・オプションは生命保険のようなものです。ひとつ違うのは、身内だけではなく全く関係ない部外者が大勢参加して、この賭けに参加できるという点です。
オプション取引について少し説明しましょう。1円のオプションを購入する場合は、千円(+手数料)が必要です。取引が千枚単位だからです(100枚単位というのもあります)。40,000円の日経平均が39,000円まで下がると、差額の1,000円分の千倍、すなわち100万円が利益となります。30,000円まで暴落すると1,000万円の利益です。逆に思惑が外れて50,000円に暴騰しても、損失は初めの千円のみです。これが空売りとは異なる点です。掛け捨ての保険で、日本死亡に備えるのです。実際にはもっと複雑なものですが簡単に説明するとこのようなものです。
プットとは売りのことで、コールは買いのことです。なぜプットで保険をかけるのかというと、上がるのは少しづつですが、下がるのは一瞬だからです。
先だってのNVIDIAの下げで儲けを得たトレーダーがいたそうです。想定する価格に賭けたプット・オプションを買うと同時に、さらに低い価格に賭けたプット・オプションを売っていたのです。オプションの売り手は、逆にオプション料金を得られます。それにより最初のオプション購入分のコストを減殺したわけです。例えば100ドルで行使するプットを買う一方で、90ドル行使のプットを売るといった具合です。ただしこの取引では、儲けが制限されることになります。
こうしたオプション取引や先物の売りは相場を不安定にさせます。レバレッジにより価格が急激に動くからです。そうなると債務不履行で破産して自殺する人や、倒産する会社が出てきます。リーマン・ショックでAIG保険が債務不履行に陥り米国政府の救済を受けたのはまさしくこれです。
AIG保険が扱っていたのはクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)です。これは上記のプット・オプションの売りと似たようなデリバティブ商品です。相場が安定しているうちは、オプションの売り手は安定した利益を得られます。その代わりにいったん思惑を外れると、それまでの利益は吹き飛び、莫大な損失となるのです。
いわゆる「コツコツドカン」です。オプションの売り手は「ブラック・スワン」に弱いのです。AIG保険が破綻間際となった一方で、大儲けした機関投資家がいました。
プット・オプションの使い手としては、投資家のカイル・バス(Kyle Bass)や、「ブラック・スワン」などの著作で有名な元トレーダーで思想家のナシーム・ニコラス・タレブがいます。
カイル・バスはリーマン・ショックで巨額の利益を得ています。彼は2014年頃にも、日本国債のプット・オプションを大量に購入していました。日本の破綻は近いと見ていたのです。しかしながら日本国債の買い手は主に日銀や日本の銀行などであり、どうなろうと日本国債を売ることは無かったのです。カイル・バスの思惑は外れました。
ちなみに「ブラック・スワン」とは、滅多には無いが、いったん起こると人々に莫大な影響を及ぼすものを指します。例えば関東大震災やインターネットの発明です。先のタレブが作った言葉です。
彼の言葉に従えば、この世界には「月並みの国」と「果ての国」の2種類があります。「月並みの国」に属するのは人間の身長や体重、知能指数です。綺麗な正規分布に従います。身長10mの人間は存在しません。これからも無いでしょう。物理の法則に逆らうからです。
ところが「果ての国」に属するものは違います。大震災や株式市場です。人々はそういったリスクをほとんど意識することなく普段の生活を送っています。彗星が突然やって来て地球に衝突することだってあります。人間は絶滅です。遥か昔に地球の支配者だった恐竜は、これで絶滅してしまいました。
大震災以前、東京電力の株は高配当で株価が安定している事で人気がありました。退職したサラリーマンは、証券会社の勧めに従い、大量の株を購入していたのです。まさか大きな地震が起こって爆発事故が発生するとは誰も予想はしていなかったのです。
今回も、退任間近の財務官による最悪のタイミングでのドル売り円買い介入、管轄外の大臣による円高を望む不用意な発言、米国大統領候補の半導体業界に関する迂闊な発言などが、ちょっとしたブラック・スワンだったと言えるかもしれません。米国の機関投資家がその少し前に売りへと転じていたのも拙いタイミングでした。ようやくダウ平均株価が遅れて上がって来ていたのに台無しとなったのです。
こういった「果ての国」の事象は予想ができません。理論も統計も信念も、日々の努力も無意味です。万が一のリスクに備えるしか方法がないのです。
とはいえリスクに備えるのは、時間も手間もコストもかかります。先のプット・オプション購入にしても、ほとんどは損ばかりです。毎月一定額の損失が積み上がっていくのです。普通の人は精神的に耐えることができません。人間は損失の額ではなく、損失の回数に痛みを感じるからです。
大暴落は明日起こるかもしれませんが、10年後かもしれません。あるいはあなたが生きている間はもう起きないかもしれません。予測ができないのです。そんなものにずっと備えているというのは大変難しいのです。
安易に「大暴落だ」「暴騰だ」「予測が当たった」という人間を信用してはなりません。当たったとしてもまぐれです。「果ての国」の事柄は予測不可能なのです。
けれども大まかに「こう行きそうだ」という事なら言えます。例えば日本の人口は減っています。毎年ちょっとした県の人口に匹敵する日本人が消えているのです。GDPは人口に比例するのですから、日本の国力が落ちていくのは当然です。「月並みの国」に属することなので予測可能です。
しかしこれとて日本政府が明日「これから外国人を毎年100万人輸入(笑)します!」と宣言すれば話は違ってきます。これは「果ての国」に属する事柄だからです。そうしたら今度は、日本経済の復活に賭けなければいけません。
今の日本は、安定しているように見えた昔とはまったく違います。我々は「果ての国」にいるのです。いつ何が起こるのか分からない世界です。そういう自覚を日本人一人ひとりが持たないといけない時代となったのです。
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