日本人の食事は貧弱です。彼らはなぜ、あんなものを食べているのでしょうか。そしてそれらは、彼らにどんな影響を及ぼしているのでしょうか。
伝え聞く、地方での食事は悲惨なものでした。単純に貧しかったからです。白い米が食べられるのは家長だけです。あとの家族は、炊いた米に、サツマイモを混ぜ合わせたものを食べていたのです。タンパク質はといえば、お祝い時に、魚が出ればマシなほうです。
果物などはほとんど食べたことがありません。野菜といえば、芋や人参、牛蒡のことだと思っていたのです。
この間、通販サイトで「野菜カレー」と銘打ったレトルトカレーを売っていました。見てみると、トウモロコシとジャガ芋、人参と肉の切れっ端が入っていて、それを野菜カレーと称していたのです。現代の日本人の認識も、あまり変わっていないようです。
子供の頃に「戦艦大和の最期」という漫画を読んだことがあります。その中で学校教練を担当する陸軍士官が、主人公に向かってこう言います。「貴様はアカだな! 日本人なら白米と梅干し一個で頑張れるはずだ」というのです。
滅茶苦茶な論理は別として、そんな食事で人間が耐えられると思っている点に目眩がしました。
昔は、白米を何度もおかわりするような子供が、健康的だと看做されていました。しかしながら現在では、コンビニ弁当でも充分な量の白米をとることができません。唐揚げも4個しか入っていません。
海外で外食をすると、日本の3倍くらいの量がありました。日本人は1/3くらいしか食べていないのに、クソの量は倍です。太平洋戦争のころ、米軍が、日本軍が遺棄した基地のトイレに残された大便の量から、兵員の数を見積もろうとしました。しかし糞の量が多いために、数を見誤ったという笑い話があります。日本人というのは、つくづく効率の悪い人々です。
日本人の多くは栄養素が足りていません。痩せているように見えて内臓脂肪は多めです。隠れ肥満です。やがて2型糖尿病になります。
日本人には「主食」という考え方があります。あいにくですが、人間は「雑食」なのです。ひとつの物だけを食べていたら、栄養が偏ります。彼らの味覚も幼稚です。甘いものや柔らかいものを好みます。食べ物を形容するときも、「あっま〜い」「やわらか〜っ」「とろっとろ〜」というような言葉を使います。
農業によって文明は発達しました。それは否定できません。しかしその代わりに、炭水化物に偏った不健康な人間を生み出したのです。特に日本人は、タンパク質や野菜、果物が不足しています。
周りを眺めてみての印象ですが、所得が低い人ほど、ガンにかかっているように見えます。40代から80代まで様々です。老人になればガンになりやすいのは当たり前です。それでも、年金が少なくて仕事を続けていたり、食事内容が悪かったり、ストレスの多い生活をしていたりする人たちが、比較的多い感じがします。
糖質依存症のような人もいます。職場でも、残業をしながら、スナック菓子をずっと食べ続けています。野菜や肉を食べた場合は、血糖値がゆるやかに上がっていきます。ところが小麦や白米、コーンスターチといったものを摂ると、血糖値が急激に上がります。
炭水化物というのは糖の分子が連なったものです。それをお腹いっぱいに食べる習慣がつくと、血糖値が下がった状態に耐えられなくなります。こうして依存症となるのです。甘いジュースやお菓子を食べる習慣があれば、もっと深刻な砂糖依存症となります。
頭脳労働をする大人が、3食とる必要があるというのは、思い込みに過ぎません。もし体を同じ状態に保ちたいのなら、ずっと点滴をしているのが良いはずです。でもそれでは楽しくありません。美味しく食事を摂るには、空腹感が必要です。適度な空腹感があるからこそ、明晰な思考を得られます。さらに食事を「ご褒美」と捉えることで、頑張ることができます。
自分は基本的に、一日一食です。朝は少し食べるか、あるいは食べないかです。朝一杯目のコーヒーを飲んだあとに、もっとも創造的な時間が訪れます。昼は栄養価の高いものを多めに食べます。胃腸の調子が最も良いからです。夕方6時以降は基本的に食べません。良質な睡眠を得るためです。食べたとしても、軽いタンパク質か野菜です。
間食をすることもありますが、ナッツ類です。それほど甘くない果物なら、好きな時に食べます。スナック菓子や、砂糖を使ったものは食べません。
もちろん、何が良いかは人によって違います。周りにも一日一食の人がいますが、夜1回だけという方が多いです。また逆に、幅広い栄養素を摂るために、食事の回数を多くするという理屈も頷けます。野生のチンパンジーも、1日あたり11時間をかけて食事をしています。
コーヒーを飲むと、ドーパミンやコルチゾールが分泌されます。朝の一杯が重要です。適度なドーパミンは思考を助けてくれます。そして、適度なコルチゾールで高揚感を得られます。
ところが強いストレスを受けてコルチゾールが過剰に分泌されるようになると、体に悪影響を及ぼします。血糖値は上がり、内蔵脂肪がつきやすくなります。レプチンへの反応が悪くなり、食べても満腹感が得られず必要以上に食べてしまいます。脳や体が不活発になり、睡眠も妨げられます。するとますます何かを食べたくなります。
日本人の心身が不健康なのは、強いストレスにさらされ続けているからです。日本では、万人が健康であることを前提にして社会が作られています。弱者は不要という考え方です。
「子供が熱を出して…」「親の介護が…」と言って会社を休むことはできます。しかし本人が「体調不良で…」と言って何度も休んでいたら、査定が下がります。けれども、免疫力が低くて、毎年風邪にかかる人だっているのです。障害者採用枠が定められているので、企業や役所は障害者を雇います。しかし結局は辞めざるを得なくなるのが日本です。
心身ともに病んでいるのに、無理を押して働いているのが日本人です。自分の心や体をいたわれないような人間が、他人を思いやれるわけがありません。
この国では、自分にも他人にも鈍感な人だけが生き残れます。それでも行き詰まってしまうと、「他人を殺めて死刑にしてもらおう」などと考えるのです。「美味しいものを食べてから死のう」ではないのです。彼らの感覚の鈍さ、社会に対する怨念の深さが垣間見えます。
こうして今日も、世界でもっとも人に厳しい、冷酷な社会が続いていくのです。
人体六〇〇万年史──科学が明かす進化・健康・疾病(下) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)