「四つの恋の物語」は1965年の日活映画です。当時の看板女優であった芦川いづみさん、十朱幸代さん、吉永小百合さん、和泉雅子さんが揃って出演しています。ポルノ映画制作のイメージが強い日活も、普通の映画を作っていた時代があったのです。
映画の中で、笠智衆が丸の内の大企業を定年退職する男性を演じています。退職金250万円を娘4人と分け合おうというのです。現在の価値で3500万円から5000万円くらいでしょうか。ですので一人あたりの金額は現在の価値で大体1千万円弱となります。
自宅は都内にある11階建ての集合住宅です。3DKくらいであり5人で住むには信じられない程狭いものです。それでもかなり恵まれた方だったのです。ベランダから東京タワーが見えます(もっとも当時の高い建物といえば東京タワーくらいしかありませんでした。霞が関ビルは未だ建築されていません)。渋谷にある宮益坂ビルディングがモデルになっていると思われます。当時としてはとてもモダンな建物で富の象徴でもありました。
映画の中に夕食用に肉を600g買うというシーンがあります。退職祝とはいえ豪華です。
娘4人もそれぞれ丸の内で仕事をしています。長女は旅行代理店のフロントで国際航空券を手配しています。次女は日本語タイプライターを扱う仕事です。三女は大企業の電話交換手です。当時は企業の内線も交換機でプラグを差し替える手間が必要でした。四女は同じビルの1階にある花屋の店員です。
彼女らにはそれぞれに夢と悩みがあり、その後の様相が描かれていきます。長女は旦那と離婚をしたあと、父親と同じくらいの年齢の上司と不倫をしています。夜の喫茶店で密会しホテルへと消えていきます。普通に再婚するのは難しい時代だったのです。
次女は結婚を夢見る相手がいますが、彼はお金に困っています。言われるがままにお金を渡してしまいます。そのうえ乱暴に胸を揉まれて体まで要求されます。次女は年齢的にもこれが結婚出来る最後のチャンスなのです。
三女は運良く大企業の御曹司に求愛されます。オープンのムスタングに乗っています(当時の日本ではとても高価なものでした)。趣味でレースをしており、そのために真っ赤なコルベットのスティングレイ(C2)を持っています。現在ならば数億円以上のスーパーカーに相当します。その頃は船橋にサーキットがあり、そこで行われたレースを映画の中で見ることが出来ます。
当時はアメリカの黄金時代です。クルマも米国のものが世界一でした。ベトナム戦争は始まっていましたが未だ悪化する前だったのです。
四女は男には興味がなく、無邪気に受け取ったお金で競馬やグライダー(当時最先端のスポーツです)に興じます。
映画で描かれるように、その時代は女性が自立する夢を見るだけでも相当の大金が必要でした。夢だけで実現は難しかったのです。ちょうど東京オリンピックが終わり、日本は深刻な不景気だったという背景もあります。
1965年には戦後初めての赤字国債が発行されました。山一證券も経営危機に陥りました。法人中心の営業が裏目に出たのです。当時の大蔵大臣だった田中角栄の判断により日銀特融(無制限、無担保、無期限)を受けたのです。これにより山一證券は、野村證券へ、証券業界盟主の座を受け渡すことになります。
やがて長女は水商売のマダムとして成功することを夢見ます。そもそも金を分け与えられたのも「結婚資金」としてでしたが、やはり再婚は叶わなかったのです
当時のモラル感も興味深いものがあります。三女の幼馴染が登場します。正義感を備えた「良い人」です。ある日の中央線車内で暴行を受けている女子高生を発見します。集団で囲まれ体を小突かれたり髪の毛を引っ張られたりしています。彼は女性を助けますが、大久保駅で引きずり降ろされて刺されてしまうのです。乗客も駅員も全く知らぬふりです。
三女には「力もないのに余計な事をするな」となじられます。つまり当時は、こういった暴行は日常茶飯事であり「いちいち目くじらを立てて介入する奴は馬鹿」という認識だったのです。自ら招いた災いですから警察に訴えても無駄です。
こういった何気ない描写を見ることで、当時と今の日本とで違うところや逆に全く変わらぬ点を発見する事ができます。
