シビル・ウォー「CIVIL WAR」は2024年のアメリカ映画です。アメリカの内戦を描いていると話題になりました。しかしこの映画の本質は別にあります。
ベテラン戦場カメラマンであるリーと、同じくカメラマンのジョエルは間もなく陥落するであろうワシントンDCの大統領を取材する計画を立てます。リーに憧れる若いアマチュア・カメラマンのジェシーも、紆余曲折がありながらも同行することになります。
ちなみにジェシー愛用のカメラは父親から譲り受けたニコンのFE2です。1980年代に販売された1眼レフのフィルムカメラです。軽量でクラシカルなデザイン。そして1/4000というシャッター速度を備えており人気のあったモデルです。F1.2〜F2.8といった明るいレンズを併用する事で「ここぞ」という場面をブレなく撮影することができました。
カメラマン一行は、銃で武装する人々が経営するガソリンスタンドに寄った際にリンチを受けている人々を見つけます。しかし彼らを淡々と撮影しただけでその場を去ります。「これがカメラマンの仕事である」と、新米のジェシーはリーから教えられるのです。いちいちその場の状況にショックを受けていてはカメラマンとして拙いのです。
いよいよ前線に近づくと夜空に飛び交う明るい曳光弾を彼らは目にします。美しい光景で「性的興奮を覚える」とジョエルが語る程です。何だかんだと理由をつけても結局は戦場が好きなのです。そうでなければ赴くはずがありません。
反政府軍が集結し、戦闘機や戦車、装甲車や大型の兵員輸送車が地響きを立ててワシントンDCに移動するシーンも、興奮状態を持って描かれています。輸送車に乗る従軍記者もどこかしら楽しげです。
ワシントンDCに間もなくという所で、彼らは人間を狩る白人至上主義者と出会います。途中で合流したアジア人の記者達は直ぐに撃たれてしまいました。ラテンアメリカ人であるジョエルも危ういところでした。同行していた黒人の記者サミーは流れ弾に当たって死んでしまいます。彼はリーの師匠でもありました。
「知っている人の遺体でも冷静にカメラに収めなければならない」と言っていたリーは深い悲しみに襲われます。撮った写真も削除してしまうのです。
その後は戦場となった夜のホワイトハウスが舞台となります。しかしリーは生気がなく戦場で震えてしまうのです。
彼女とは対照的に、ジョエルとジェシーは水を得た魚のように生き生きと異様な興奮状態で写真を撮り続けます。死にそうな目に逢ったのにそんな事は忘れています。リーはというと、危険にさらされたジェシーを助けようとして撃たれ絶命してしまうのです。
死体となったリーをジェシーは冷ややかに見下ろします。彼女はもはや尊敬する先輩ですらなく、戦場で怯えて命を失った堕ちた偶像でしかないのです。
反政府軍はホワイトハウスの奥深くに隠れていた大統領を引きずり出し命乞いをする彼にとどめを刺します。ジョエルとジェシーは、その様子を捉えるだけでなく、一緒に記念撮影迄するのです。
この映画は戦場カメラマンの特殊な性質を描いています。「戦争の悲惨さを伝える」「真実を伝える」というと聞こえがいいですが、実際は戦場という非日常の世界が好きなのです。
映画の舞台がアメリカであるのは、その方が都合が良かったからに過ぎません。もしこれが中東やアフリカのどこかであれば、戦争を楽しむかのようなカメラマンの姿に対して批判が起こったことでしょう。しかし場所が米国である事で、カメラマンの本性を忠実に描くことができたのです。我々は誰しも非日常を待ち望み楽しむ本性を備えています。
カメラマンには2つの種類があります。整えられた最高の条件で写真を撮る者と、スナップ的に日常の一瞬を切り取る人です。戦場カメラマンは後者です。
前者の代表として時間を持て余している老齢のアマチュア風景写真家が挙げられます。たとえば富士山を撮るなら「1年の中でもこの日のこの時間帯のこの場所」というのが決まっています。「どのレンズを嵌めるのか」「絞り値は幾らか」という事まで決まっているのです。機材を揃え準備万端整えて目的地に向かい場所を取り三脚を立て、決められた時間までひたすら待つ。このような事ができる人が向いています。こうなると最早カメラマンとはいえません。
ポートレート撮影にも、スタジオでじっくり撮影する場合と屋外でスナップ的に撮影する場合があります。ファッション写真家として有名なリチャード・アヴェドンは、スタジオでの撮影においてもハプニング的なショットを得意としています。実際に若い頃のスナップ写真にも非常に優れたものがあります。
決められたように撮る能力は商業分野では必須ですが、その範囲で創造力を駆使しても所詮はありきたりのものとなってしまうのです。
衝動に突き動かされたカメラマンと現場との動的な相互作用によって思いもしなかった写真が撮れるのです。理論や計画によって優れた写真が生まれる訳ではありません。こういった本能にもっとも忠実に動いているのが戦場カメラマンなのです。
カメラマンに限らず、勇気を持ちリスクを冒さないと得られない報酬があります。その報酬とは名声やお金といったものではなく、心の中で得られるものです。そしてそれこそが、その人にとってのかけがえのない宝となるのです。