「マイ・フェア・レディ」は1964年のミュージカル映画です。オードリ・ヘップバーンの代表作として知られています。
舞台は20世紀初頭のロンドンです。貧しい花売り娘が、富裕層の賭けの対象として貴婦人へと教育される過程をコミカルに描いています。
上流中産階級のヒギンズ教授は、裕福なパトロンであるピッカリング大佐と賭けをします。貧しく教養のない花売り娘を6ヶ月で貴婦人に仕立て上げられるかという賭けです。
原作はバーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」です。1913年が初演です。タイトルであるピグマリオンは心理学用語である「ピグマリオン効果」と同じものです。人の期待に沿って実際に現実が動いてしまう事象を指しています。1960年代にロバート・ローゼンタールによって命名されました。教師の期待によって生徒の成績が左右されることを実験で示したのです。
オリジナルはギリシャ神話です。キプロス王であるピグマリオンは現実に失望し芸術分へ傾倒していました。完璧な女性の彫刻を掘り上げ恋に陥ります。その彫刻を生身の女へ変えて欲しいと神に祈り、願い叶って結婚へ至る物語です。
ショーの戯曲でも、期待によって人が形作られるというテーマを扱っています。映画の中に「花売りとして扱われれば花売りになり、貴婦人として扱われると貴婦人になる」という科白があります。
この物語にはショーの皮肉が込められています。つまり当時の上流階級が実に表面的で底の浅いものである事をからかっているのです。発音や表面的なマナーさえ身につければ下層民も富裕層も区別がつかないと言っているわけです。マークトウェインの「王子と乞食」と同じテーマです。
貴婦人として教育を受けた花売り娘のイライザは、途中で失望して生まれ育った貧困街へ戻ろうとします。しかしもはや帰る場所はありませんでした。人々は彼女を貴婦人として扱います。また、飲んだくれで娘にカネをせびっていた父親もすっかり変わっていました。
彼はひょんな事から遺産を貰い、立派な(?)中流階級の富裕層となっていたのです。ウェールズ人であり弁が立つのが幸いました。カネがあるだけで「紳士」になれるのです。
ところがそれまでは自由なその日暮らしだったのに、彼は様々な社会的責任を負う事になりました。更に悪いことに彼は結婚する羽目に陥ります。独身最後の夜に大勢の仲間を連れて飲み歩き、女と遊びまくるのです。
イライザを教育する言語学者のヒリング教授と、資金を提供したピッカリング大佐もバチェラーすなわち独身主義者です。バチェラーはもともと「見習い騎士」や、「学士」といった意味があります。独身者を表すバチェラーは、社会的なしがらみや責任を負うこと無く、自由な生活を謳歌する人達を指します。子孫を残すという社会的目的の為にある結婚や家庭から解放された、一種の理想像として描かれています。
さらにヒリング教授は女性に対して偏見を持っています。「女は頭が空っぽだ」と言います。それゆえ表面的な教育を施せば貴婦人になれると断言するわけです。「女性はスリッパほどの価値もない」と言い捨てます。スリッパは足を温めてくれます。対して女性のぬくもりは一瞬でしかありません。ヒリング教授はロンドンのケンジントンに家を構え6人の召使を従えています。彼からすれば、イライザも召使以下の存在だったのです。
賭けに勝ったあと、ヒリング教授は大いに喜び家で祝杯をあげます。用済みとなったイライザは不安を抱きます。そんな彼女に対して「どこかの金持ちと結婚すれば良い」と言い放ちます。それに対してイライザは「花を売っていたが、身を売ったことはない」と言い返すのです。
結局は「女」であろうとすれば男の付属物になるしかありません。「女は男のために造られた」と聖書に書かれている通りです。
この映画の結末はショーの原作とは異なります。映画ではシンデレラ・ストーリーらしいハッピーエンドとなっています。これに対してショーは大いに憤りました。当時の社会を皮肉って自立する女性を描いたつもりだったのに、鼻持ちならないヒリング教授にイライザが陥落してしまうのです。ヒリング教授は40代半ばという設定であり、そういった意味でも若い女性とのロマンスには違和感があります。
ちなみにイライザが貴婦人となったかどうかが試される舞踏会へ出かける際に、ポート酒を飲もうとしないヒリングに対してピッカリング大佐が呆れるシーンがあります。
社交界で緊張した様子を表すのは恥ずかしい事です。ましてやそれにより粗相を犯す事は許されませんでした。どんな事態でも常に落ち着き払って社交的であるべきなのです。
現代の米国人が必死に精神分析を受けたり、ジアゼパムを飲んでいるのも同じ理由です。お酒を飲むのは慣習的なたしなみだったのです。ですからポート酒を飲もうとしないヒリング教授は非常識な人間であることをこのシーンは示しているのです。現代では考えられないほどアルコール偏重の社会だったのです。
この映画が大ヒットとなったのも大いなる皮肉です。結局のところ大衆は、ショーが嫌悪した表面的な華やかさと、女性が権威にかしづくラブ・ロマンスを求めたのです。
ヒリング教授はイングランド英語至上主義者です。スラブ人の発音を鼻で笑い、ハンガリー人(当時はオーストリア・ハンガリー帝国の時代です)の垢抜けない様子を嘲笑っています。スコットランド人やアイルランド人にも正しい教育を施すべきだと言います。もちろんアメリカ人の英語はヒリングにとっては我慢ならないものでした。
ところがそのアメリカ人も、イングランドの貴族社会に憧れを持ち、認められる事を望んでいます。その権威に映画を通してひれ伏してしまっているのです。