映画「キューポラのある街」は1962年の社会派青春映画です。同名の児童文学が原作です。数々の賞を受けましたが、吉永小百合さんも17歳で主演女優賞を獲得し、日活のトップ女優となりました。
映画の舞台は埼玉県川口市です。当時は「鋳物職人の街」として知られる低所得層が住む場所でした。「キューポラ」というのは、鋳物を作るための煙突と一体化した溶解炉のことです。煙突が独特の形状をしており川口市を象徴するものとして扱われています。
主人公である石黒ジュンの父も鋳物工場で働く労働者です。体を悪くしていた事もあり工場を突然クビになってしまいます。退職金もありません。当時は高度成長期真っ只中であり、昔ながらの鋳物工業や中小企業は整理統合の対象となり非常に不安定だったのです。
母親は老婆のような容貌です。産気づき新しい子供を産もうとしています。映画に登場する他の子ども達もまるで猿のような顔つきをしています。お金が必要なのに父親はポケットのカネを直ぐに酒代に使ってしまいます。
ジュンは勉学が好きで「県立第一高校」(埼玉県立浦和第一女子高等学校がモデルです)への進学を夢見ています。しかし家庭の経済事情がそれを許しません。パチンコ屋でアルバイトをしますが微々たるものです。弟達も生きるのに必死で、クズ鉄拾いをしたり、ハトを飼育し転売しようとしています。
こういった貧しさとは対照的に裕福な友人も登場します。彼女の父親は技術者ですが経済的に成功しています。体に合ったスーツを着ています(当時のスーツは仕立てるものでした。映画に登場する中学教師もスーツを着てますが、体に合わないボテッとしたものです)。中流上層階級でありクルマで通勤をしています。
家には高価なステレオ(当時は簡単に手に入るものではありませんでした。JBLのパラゴンはその代表的なものです)があります。舶来の高価な口紅もあり、友人はそれをジュンに譲ります。
高校進学に向けてジュンは様々な努力を重ねます(この頃は中卒で働くのが当たり前でした。高校進学率は50%前後でした)。けれどもそれが叶いそうになく自暴自棄となります。折り悪くジュンは初潮を迎えます。主人公にとり生理は喜ばしいものではなく絶望の象徴です。誰かの妻となるか、あるいは労働者となるかの選択を否応なしに迫られているのです。
修学旅行に行くお金も無いジュンはそのまま学校をサボり夜の街へと向かいます。男たちは良いカモとしか見ておらず喫茶店でクスリを飲まされレイプされそうになります。
やがて主人公は働きながら学ぶ道があることを知ります。映画では日立製作所の武蔵工場が登場します。トランジスタを扱うポータブルラジオの組み立てラインが映し出されます。当時は最先端のエレクトロニクス産業というイメージがありました。ジュンが見出したのは、労働者として働きながら夜間の定時制高校に通うという道です。
映画では休憩時間に労働者が集まり幸せそうに歌っています。当時は労働運動が盛んでした。労働組合の士気を高めるための「歌声運動」もありました。
つまり末端の労働者であっても希望を持てる時代だったのです。ただし当時は重工業から電気機器産業への産業転換期であり、あくまでその流れに乗ったうえでの希望だった事を忘れてはいけません。
映画には朝鮮人も多く登場します。植民地支配による強制連行や自分の意思で日本に渡って来た人達です。川口市の貧しい日本人労働者は、格下の存在である彼等を酷く取り扱います。
当時は「帰国事業」が盛んであり「地上の楽園」である北朝鮮へと帰っていく朝鮮人も大勢いました。映画でもそれが描かれています。彼等も北朝鮮に希望を見出していたのです。
「希望」とは相対的なものです。高校に満足に行く事も出来ない人々には、高校進学が夢となります。危険で時代遅れの鋳物工場と比べれば、トランジスタの組付けラインは清潔で洗練されたものに見えます。戦争に負けて荒れ果てた貧しい日本と比べれば、新しい国造りが始まった北朝鮮は天国でした。
希望を持てない人には「差別」が現状に対処する有効な手段となり得ます。そして差別も相対的なものです。自分と比べて下の者が居れば良いのです。自分の絶対的な位置はどうでも良いのです。そうしてちょっとした違いが「上か下か」を決定づけます。
僅かな違いに「希望」を見出し、僅かな違いに不安を感じ「差別」をする。人間はそれをこれからも永遠に繰り返して行くのです。