日本の組織は縄張りを広げる事をひとつの目的としています。これが今も様々な問題を引き起こしています。
組織における日本人の行動を見ると幾つかの原理を見出すことができます。すなわち、①「舐められるな」。②「縄張りを荒らされるな」。③「縄張りを広げろ」。④「支配しろ」。この4つです。
「まさかそんな事が…」と思うでしょう。確かに銀行やコンサル業などの成果が見えにくい組織では明確ではありません。けれども製造販売業のように、モノづくりの成果が消費者への販売実績としてはっきり表れる組織では如実に出て来るのです。
一つずつ説明して行きましょう。まず①「舐められるな」です。日本は「縦割り」「タコツボ型」の組織を特徴としています。部署が違えば別の会社と同じです。むしろ「同族相食む」(どうぞくあいはむ)で「ソト」の人間よりも激しく憎み合うのです。
他部署から軽んじられると、自分のみならず属している部署そのものが軽蔑された事になります。これは組織の名誉を汚します。仲間からも激しく非難されます。時に進退に影響するほどです。
だからたとえ受けて良い依頼でも、まずは「受けられない」と押し返します。「所掌が違うだろ」と糾弾します。会議では侮辱的表現をもって冷たい応酬を繰り返します。喧嘩腰で相手に詰め寄ることもあります。そうして落としどころを探るのです。双方の面子が立つようなストーリーを作り説明をして納得させます。流れに応じて臨機応変に対処する必要があります。こんな事は社内マニュアルに書いてありません。しかし日本ではもっとも必要とされる大切なスキルです。これが日本人の云う「コミュニケーション能力」です。
次に②「縄張りを荒らされるな」です。これは「舐められる」以上に避けねばならぬものです。自分たちの所掌を奪われてはなりません。これが数字として表れてしまうのが年間予算です。自分たちが使える予算額が減らされる事は屈辱の象徴であるだけでなく、組織の力が弱まった事を示します。予算を減らされたら当事者はもはや組織に居る事は出来ないでしょう。
この事態を避ける為にならどんな事でもやります。表と裏とであらゆる手を打って置きます。予算は絶対に使い切ります。プロパー社員は健康管理の為に適度に休ませる必要があります。その代わりに業者を働かせます。新たな仕事を次々に生み出して業者に発注します。意味が無い仕事でもです。使う見込みのない商品の提案をさせます。無駄なものでも買います。減価償却が終わったら破棄するだけです。
次に③「縄張りを広げろ」です。所掌を守ったうえで広げます。会社全体として新しい仕事が増えればベストです。そうでなければ他部署を攻撃しその仕事を奪うのです。社内でゼロサムゲームが繰り広げられます。結果は予算額の増大という形で表れます。組織のパワーは増え所轄全体の誇りとなります。誰も消費者や会社全体の事を考えていません。口ではそれらしい事を言っても最大の関心事は別です。つまり「社内政治」こそが全てです。
最後は④「支配しろ」です。自分の縄張り内は完全なコントロールが効くようにして置きます。社員はもちろん業者もです。業者へは常に仕事を与えて忙しくさせます。少しでも瑕疵があれば呼び出し厳しく詰問します。深夜でも電話をかけます。上手く行っても褒めたり感謝したりすることはありません。それは業者をつけ上がらせ「舐められる」事に繋がるのです。失敗をしたらここぞとばかりに叩きます。無理難題を吹っかけて上手く行くか行かないかのギリギリの所で仕事をさせます。過大な要求を出し納期はどんどん切り詰めて行きます。信じられないでしょうか?
確かに表面上はプロジェクトが上手く行くように骨折り、そのようにも言っています。しかし本人も気づいていない動機があります。だから日本のプロジェクトは常に危ういのです。計画段階からです。
リスク管理はします。しかしリスクの「回避」はありません。決まった事だからです。リスクの「低減」もありません。始めから考えないからです。ほとんどが業者へのリスク「転嫁」「移転」です。それでも災難が降り掛かったら自然災害のように諦めて「受容」するだけです。
これに対して業者の反応は2種類に分かれます。ひとつは何でも「ハイハイ」と即座に返事をして従うケースです。もうひとつは完全に信頼関係が冷え切っていて非難と慇懃無礼の応酬となります。それでも関係が続くのが面白い所です。逃げることは許しません。「敵前逃亡」であり銃殺に値します。その実こちらの都合であっさりと業者を切ります。
今まで挙げて来た特徴は、会社だけでなくどのような日本の組織でも昔からあるものです。典型的なものが日本陸軍です。
陸軍は平時にのみ上手く動く組織でした。戦争のような非常時には機能しません。それぞれの部署は完結しており、他からの介入を絶対に許しません。山本七平は「自転」と呼んでいます。何があろうと、あるいは何もなくてもその組織は勝手に回っていくのです。延々と無駄な「賽の石積み」を繰り返しています。環境がどう変化しようと知ったことではありません。
そのために訳のわからぬ命令が飛び交い意味の無い仕事が蔓延します。人々は常に内側を向いています。身近な人々との摩擦を避けるのが唯一の目的です。外部への激しい攻撃性とは別に内側では「仲間褒め」が続きます。
「陸軍は動物的攻撃性があるだけで、言葉で説明する能力を欠いていた」という意味の事を山本七平は述べています。陸軍だけでなく日本人全体も同じです。「八紘一宇」などと言っても、現地人にそれを説明することができませんでした。冗談交じりに「千成瓢箪」と説明する人もいました。つまり日本という大きな瓢箪があり、その周りに小さな瓢箪が傅くという図です。日本が上で他国は下というわけです。
自分たちが何を言っているのか分からないのですから、戦争で具体的な成果を上げるために何をするのかも分かりません。「片付けろ」「なんとかしろ」と言われるだけで具体的にどうして良いのか誰にも判然としないのです。これが「表面的な数字さえ合っていれば良い」という「員数主義」や「面従腹背」に繋がります。「軍隊は要領だ」といわれる所以です。
こうなると軍は「気魄主義(きはくしゅぎ)」となります。威勢の良い事を言って人々に発破をかけるのです。
今でも日本には「クール・ジャパン」「侍ジャパン」「日本スゴイ」「世界が絶賛」「民度が高い」と云った空虚な景気づけの言葉を発する人がいます。本人に悪気はなく周りを元気づけようとしている場合もあります。しかしこれが常態化し、それのみで組織を動かそうとするのが日本人です。「空気」や「大きい声」につられて動くからです。つまり頭のおかしな扇動者の意のままに動くのが日本の大衆なのです。
これにより日本の組織ではもうひとつの別の弊害が出てきます。「実力者」の存在です。職位とは別に組織で実権を握っている人間がいるのです。
たとえば太平洋戦争時の武藤章です。陸軍省の軍務局長でした。国会や他省庁と交渉する際の責任者です。政治部門のトップです。予算は彼の手に握られています。佐官の時から上司が思わず先に敬礼してしまう程でした。
参謀本部作戦部長だった石原莞爾を、戦線拡大派で当時課長だった武藤が鼻で笑ったエピソードも残っています。作戦会議の席上でしたが武藤の言葉に参加者は一斉に哄笑したのです。彼も最後は、侵略戦争への共同謀議と虐待・虐殺の戦犯として処刑されました。
陸軍では「発令者」と「代読者」が異なりました。発令者は部隊長であっても、実際は参謀が命令を出していたのです(参謀はラインではなくスタッフです)。命令の詳細が参謀から出るのは普通の事でした。
たとえば辻政信は参謀であるにも関わらず「米比捕虜は必ず殺せ」という口頭伝達を独断で出しました。そのために後から別の人が「あれは正式な命令ではない」と言って回らねばならない程でした。
彼は独断でノモンハン事件の戦線を拡大しました。太平洋戦争では「捕虜の肉を食って戦え」と言って兵士を元気づけようとしました。最前線の視察では「自分に弾は当たらない」とばかりに背筋を伸ばして悠々と歩き回る癖がありました。しかし戦況が激しくなると「大本営へ報告に行く」と言っていち早く去って行きました。彼は戦後も生き延びました。それどころから石川県からトップ当選を果たし国会議員となったのです。弁舌が巧みで「辻内閣」が待望される程でした。しかしラオスへ視察に行き行方不明となりました(現地で処刑されたといわれています)。
先の武藤章は、戦後の捕虜収容所でも将校に対して「裁判を妨害せよ、米比捕虜殺害命令の事は言うな」と命令し暗然たる影響力を保持していました。このために多くの下級将校が責任を追求され代わりに処刑される事になりました。
参謀は責任をとりません。戦争末期には参謀が玉砕命令を出して直接指揮をすることもありました。しかし途中で「成果を報告しなければ」と言って現場から逃走するのです。
これらの出来事は、組織を構成する人間が摩擦を避けるだけの汲々とした小物であることから来ています。けれどもその中に「八紘一宇」のような虚構を真に受けて命を捧げるような狂人が現れると、絶大な権力を持つようになるのです。これが「実力者」です。言いたい放題で、皆が上手く言えないものを巧みに説明する事が出来ます。偉人や天才と看做され、尊敬する馬鹿さえ出てきます。
現代でも全く同じです。会社には「実力者」がいます。大卒ではなく高卒の場合さえあります。職位も低く管理職でさえありません。東大・京大、早慶出を顎で使う事ができます。業者は奴隷です。途轍もない力を組織に対して及ぼします。組織の上位者も黙認しています。影響力を皆が認識しており従うのです。コンサルや銀行、IT企業(!)のように成果がはっきりしない所では想像しにくいかもしれません。しかし組織の成果が数字ではっきりと現れてしまう所ではこのような「実力者」がいるのです。
日本は「四権分立だった」と山本七平は述べています。つまり形式的な「司法・立法・行政」とは別に「軍」が居たのです。陸軍は行政とは別に「統帥権」を持っていました。(確かに海軍も「統帥権」を持っていましたが、陸軍こそが日本最強のエリート組織であり「日本精神」の継承者でした。海軍は国際派のテクノクラートであり日本では異物だったのです)
つまり表面上は軍を統帥する権利を天皇が有することになっていました。しかし実際は「実力者」の意向で動いていたのです。彼らは他の支配を受けず勝手気ままに動く事ができました。石原莞爾は「日本が滅んでも関東軍がいる」と語りました。彼らにとっては自分たちの組織が全てです。陸軍にとり日本は満州と同じであり支配する対象でしかなかったのです。事実陸軍は日本を「地方」と呼んでいました。一方で海軍は「娑婆」(多少は謙虚でしょうか…)と呼んでいました。
彼らが普通の日本人に対しても冷たく凶暴であったのは不思議な事ではありません。有名な「ゴー・ストップ事件」では「信号無視」を巡って一等兵と巡査が乱闘となり陸軍省と内務省の争いとなりました。最終的には天皇が仲裁に入ったのです。
陸軍が最も怖れたこと。それは軍事予算を削られる事でした。特に2.26事件では昭和天皇が反乱軍と断固対峙する立場をとり陸軍は驚愕しました。というより憤怒を抱いたのです(三島由紀夫の「英霊の聲」を読んでください)。2.26事件は跳ね返りの青年将校が引き起こしたと見られています。しかし彼らの行動は陸軍主流派の気持ちを代弁したものだったのです。彼らは天皇を敬っていたのではありません。たとえ表面上はそのように見えてもです。2.26事件の直前には「宇垣軍縮」があり陸軍は4個師団を削られました。陸軍にとり絶対に許されぬ事です。けれどもこの事件のあとは、軍事予算が爆発的に増大したのです。まさに陸軍の勝利です。
もはや行政による歯止めは効かず、陸軍は際限なく増長して行くことが可能となったのです。その結果が15年戦争であり、太平洋戦争だったのです。
彼らの目的は全てを支配する事でした。壮大な目標や陰謀があったのではありません。まともに「八紘一宇」を説明出来ない事からも明らかです。これは日本人の動物的本能に起因するものだったのです。縄張りをひたすら広げるという本能です。日本人には一見すると理性があるように見えます。しかし実際は動物的本能への奉仕者に過ぎません。
日本人が作る組織には重大な欠陥があります。彼らに巨大な組織を持たせてはなりません。彼らの自治に任せてはなりません。日本人としてとても残念なことです。しかしこの教訓は忘れてはならないのです。