kurukuru89’s blog

主に原始キリスト教、哲学、心理、日本人について、気の赴くままに語ります。知識ではなく新しい視点、考え方を提供したいと思っています。内容は逆説的、独断的な、投影や空想も交えた極論ですが、日本人覚醒への願いを込めたエールであり、日本の発展に寄与する事を目的とします。(ここで言う日本及び日本人とはあたかもそれらを代表するが如く装うが、理性が未発達な為、感情的に動き、浅薄な信条に左右され社会に仇なしてしまう集団や人々を主に指しています)これらを通して人間に共通する問題をも探り散文的に表現していきます。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」

ベートーヴェン弦楽四重奏曲第11番には「セリオーソ」という副題がついています。イタリア語ですが、英語の「シリアス」と同じで、日本語にすると「深刻な」「真剣に」といった意味合いです。

 

作曲時期は1810年頃で「エグモント」序曲を書き上げた辺りです。同時期にテレーゼ・マルファッティへの求婚を断られています。有名なピアノ小品「エリーゼのために」の「エリーゼ」はこの「テレーゼ」だといわれています。ちなみにピアノ・ソナタ第24番を捧げた伯爵令嬢のテレーゼとは別人です。

 

弦楽四重奏曲第11番は友人のハンガリー出身のチェロ奏者であるツメスカルに捧げられました。とはいえかなり内省的な曲です。曲の印象は、まさに副題が示すようなイメージであり、全体に渡って緊張感があります。第3楽章のスケルツオにも諧謔的な要素が一切ありません。力強く暴力的ながらも簡潔であり曲自体も短めです。

第2楽章以外が全てへ短調であるというのも珍しいです。唯一の例外である第2楽章も、ヘ短調とはあまり関係が無さそうなニ長調となっています。第4楽章の最後では唐突にヘ長調へと転じており取って付けたかのように明るく終わります。ベートーヴェンにとっては実験的な作品だったのかもしれません。

本作品は、ベートーヴェンの後期作品群への過渡期に位置する楽曲です。


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メレル四重奏団による弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」です。珍しくチェロ奏者が第1バイオリンの隣に座っています。この楽団ではチェロ奏者が中心的な役割を果たしています。