第32番は、ベートーヴェンによる最後のピアノソナタになります。52歳の時の作品です。彼が死去したのは56歳のときです。ベートーヴェンは、形式に拘った時期もありますが、晩年になると自由な構造の曲を書くようになりました。
本作品も、ピアノソナタでありながら、2楽章しかありません。第1楽章は、ソナタ形式と言えば、ソナタ形式なのですが、かなり自由な構成です。しかも爽快感を得られるような曲ではありません。不協和音が多く緊張を強いられる音楽だからです。弾き手にとっても体力を消耗するような曲です。
さらにこの曲は、あまりピアノの響きを活かしたものとは言えません。それまでのピアノソナタとは語法が異なります。ポリフォニー的です。主題も無骨です。そういった意味では、最後のピアノソナタというよりも、これから後に書かれる、後期の弦楽四重奏曲や、交響曲第9番の第1楽章に繋がっていく作品と考えた方がいいかもしれません。
とはいえ本作品には、優れた文学作品と同じように、様々な感情やテーマが含まれており、それらが同時並行で進んでいきます。喜びと悲しみ、秩序と混沌、真摯とユーモアといったものです。小宇宙を感じさせるかのような音楽です。だからこそ、聴く度に新しい発見があり、飽きることがない至高の価値を持った作品となっているのです。
グレン・グールドによる第1楽章です。かなりテンポが速いですが、各声部がクリアに表現されており、この曲の構造がよくわかる演奏です。
同じようにグレン・グールドによる、第2楽章です。「ジャズやブギウギのようだ」と形容される第2変奏から第3変奏(5:00〜8:30)は、軽すぎても重すぎてもいけない箇所ですが、ちょうど良いバランスになっています。