「株式を積み立てるのが一番良い」といわれます。長期で見ると安定的に資産を築けるというのです。本当にそうでしょうか。思考停止状態で買い続ければ良いのでしょうか。
確かに短期で売り買いを繰り返す方法と比べれば、一定額でインデックス・ファンドを積み立てる方が優れています。何と言っても方法が簡単ですし、利益を得られる蓋然性も高いのです。
しかし忘れてはいけません。これは投資です。将来の利益が確約されているのではありません。
長期で見れば株式は右肩上がりのようにみえます。けれどもその間には長い低迷期もあったのです。たとえば1970年代の米国株式市場です。この時代のアメリカは、ニクソンショックやオイルショック、ベトナム戦争や社会保障費の増大により、物価は上がれども賃金上昇が追いつかないスタグフレーションとなったのです。株価も低迷しました。上がりはしましたがインフレ分を加味するとマイナスだったのです。
もし仮に1970年代の初めに一括投資をしていたら、インフレ分を加味して漸く利益が出たのは1986年頃だったのです。資産が2倍になるのは1996年です。つまり1970年〜1996年までの26年の間で、年利は平均して2.7%〜3%に過ぎなかった事になります。
普通に考えて30年近くそのような低利回りで我慢出来るでしょうか。それどころか10年間市場が低迷しただけで、多くのアマチュア投資家は嫌になってやめてしまうことでしょう。
「買い続ける」のはまさに「言うは易く行うは難し」です。
そして世界はインフレの真っ只中にあり、日本ではスタグフレーションが発生しているのです。生鮮食品を除く食料に限っていえば既に8%近いインフレ率です。驚くべき数字です。先進国中で最大です。それでいて中小企業の賃上げはほとんど行われていません。預金利回りはもちろん、株式も債券もぱっとしません。果たしてあなたの貯金や投資は毎年8%づつ増えて行っているでしょうか?
さて1970年代に米国株式は低迷しましたが、不動産、美術品、ゴールドは騰がりました。しかしどれも庶民には敷居が高いものです。ゴールドにしても保管や売買の手間が面倒です(ちなみにペーパー・ゴールドは、ゴールドではありません)。今では信じがたい話ですが切手(希少価値のない戦後発行のもの)も上がりました。今ではほとんど価値がないものです。
ちなみに美術品について言うと、この時期に初めて現代美術が高値で取引されるようになりました。それまでは絵画というとルネサンス以前の巨匠や印象派の作品が対象だったのです。象徴的な人物がロバート・スカルです。ニューヨークのタクシー会社オーナーで現代美術品を次々に買い上げたのです。それを高値で転売しました。これにより落書きのような抽象絵画が突如資産となったのです。彼が安値で買い上げ転売した絵画の作者(ラウシェンバーグ)にオークションで詰め寄られる映像が今でも残っています。
テーマに戻ると、100年単位で見れば株式市場は右肩上がりです。長期で見れば「買い続けよ」というのは正しいのです。しかし数十年スパンで見ている個人にとっては決して最適解ではないのです。
じゃあ不動産や美術品、ゴールドを買えばいいのでしょうか。過去がそうだったから今回もそうなるとは限りません。要するに瞬時に風向きを読んで素早く行動しなければいけないのです。果たして庶民にそんな事ができるでしょうか。できはしません。デイトレードに邁進し日々失敗を繰り返して資産を減らしているような連中です。仕手株にイナゴのように群がりお溢れに預かろうとしているさもしい乞食です。
さらに懸念は数十年の話に留まりません。もっと長期に渡るリスクがあります。現代は脱グローバル化が進んでいる時代です。これは「脱グローバル」という言葉以上に重要な意味を含んでいます。
今のようにサプライチェーンが全世界に張り巡らされ、低コストで貿易が可能な時代は世界史上ではごく僅かな期間に過ぎません。大航海時代が始まり、そこから漸く海賊や私掠船(国の許可を得た略奪船です)の心配をせずに貿易が出来るようになったのは近代になってからなのです。19世紀のパクス・ブリタニカの時代からです。
そして現代の自由貿易は、アメリカによる戦後のブレトンウッズ体制があったから可能になったのです。共産圏を封じ込める為に、敗戦国も含めて自由貿易体制に組み込み、米国も自国の市場を開放したのです。
自由貿易は文明や思想、科学技術が進んだから当たり前になったのではありません。多くは政治状況に依存した偶然の産物だったのです。それを忘れてはいけません。ジェット飛行機やコンテナ船、高速通信といった技術基盤があるだけで自由貿易が可能となるのではないのです。
今の状況を見てみて下さい。ソビエトは崩壊し米国は「世界の警察」という役割を担う理由が無くなりました。なぜ他国の為に自分の市場を犠牲にし、莫大なコストを払って軍隊を遠くまで派遣しなければいけないのでしょうか。アメリカには資源も技術もあります。若い労働者も豊富です。自国だけで十分にやっていける国なのです。トランプ大統領になって脱グローバル化が加速しましたが、誰であれ米国がその方向へ舵を切ったであろう事は間違いありません。
「世界平和」は幻想です。低コストでの貿易が不可能となったらどうなるでしょうか。石油や食料が手に入らなかったらどうするのですか。貧しくなる前に軍隊を派遣して他国の資源や土地を奪うしか無いではありませんか。国がタンカーやコンテナ船を襲い物資を強奪するのです。帝国主義や大航海時代に逆戻りです。文明国を自認している国がそのような事をしなければならなくなります。
日本の場合を考えてみて下さい。コメだけでなく小麦や大豆が入って来なくなります。肉なんか食べられなくなります。ガソリンが足りず自動車を動かす事が出来なくなります。灯油もなく北国では厳しい冬を過ごす事になります。電気代はとてつもなく高騰します。地方では停電が当たり前になります。
自由貿易により、昔なら到底先進国となり得なかったような国が財をなしました。しかしその時代も終わりです。これから生き残って行くのは食料やエネルギーに困らず地政学的に優位な位置にある国です。アメリカやロシア、フランス、オーストラリア、そしてイギリスや北欧といった国々です。
脱グローバル化に伴いアメリカは貿易相手を縮小します。世界的な自由貿易はアメリカ(金融業界や一部製造業を除く)にとりメリットよりもデメリットの方が大きいのです。製造業が新大陸に帰って来れば何も問題はありません。貿易相手はカナダ、メキシコが中心となるのです。この場合に米国の貿易額は今の1/3となります。
現実的なところでは、貿易相手はイギリス(プラス北欧)、親米的な中東諸国、オーストラリア、ニュージーランド、日本といったところでしょうか。それでも貿易額は今の半分です。
当然、米国株価も影響を受けます。1/3から半分になってしまうのです。もちろん米国自体の経済成長があるのでそこまではいかないでしょうが…。それでも今の株価からそのまま右肩上がりとは考えにくいのです。アメリカ以外は目も当てられない状況となります。
つまりもしこれからあなたが株式インデックスの投信やETFを30年以上保有していてもマイナスになるかもしれないのです。
資本主義国の「成長」は、自由市場、私有財産制度、公正な競争、資本の蓄積と再投資という前提があって始めて可能となるのです。それらが成り立たなくなったらどうなるでしょうか。資本主義の成長は過去の神話となります。つまり現代は歴史上の大転換期にあたるかもしれないのです。
果たしてそんな未来があり得るのでしょうか。文明が反対の方向へ向かって逆回転を始めるのでしょうか。米国のみが資源と科学技術を併せ持つ超大国として君臨し、その他は後進国となるのでしょうか。
何が起こるか分かりません。しかしどんな未来にも備えて置くのが「投資」なのです。たとえ資本主義が崩壊したとしてもです。
「世界の終わり」の地政学 上 野蛮化する経済の悲劇を読む (集英社シリーズ・コモン)