kurukuru89’s blog

主に原始キリスト教、哲学、心理、日本人について、気の赴くままに語ります。知識ではなく新しい視点、考え方を提供したいと思っています。内容は逆説的、独断的な、投影や空想も交えた極論ですが、日本人覚醒への願いを込めたエールであり、日本の発展に寄与する事を目的とします。(ここで言う日本及び日本人とはあたかもそれらを代表するが如く装うが、理性が未発達な為、感情的に動き、浅薄な信条に左右され社会に仇なしてしまう集団や人々を主に指しています)これらを通して人間に共通する問題をも探り散文的に表現していきます。

生き残りを賭けた戦いが始まる日本

日本は急速に文明が崩壊しています。これから何が起こるのでしょうか。そして私達は何に備えたら良いのでしょうか。

 

日本は凋落の一途を辿っています。日々の忙しい生活にかまけていると変化に気が付きません。しかしある日突然の崩壊が日本を襲うのです。ジェンガの山が崩れるようにです。

 

高齢者だけでなく若者にとってもこの国は住みにくい場所となっています。「闇バイト」が流行り多くの女性が「立ちんぼ」となります。

この国では富裕層専門の証券会社営業が強盗殺人を試みます。大手人材サービス企業の社員は睡眠薬を使って女性を強姦します。検事ともなれば部下を好きなようにレイプする事ができます。役人は未公開情報を利用してインサイダー取引に邁進しています。日本は、力さえあれば何でも許される夢のような国です。

 

若者が「闇バイト」に手を出すのは当たり前です。この国では30年に渡り賃金の上昇が抑えられてきました。それどころか税金や社会保険料の増大により手取り額が減ってしまっているのです。地方から都会に出ても良い仕事が見つかりません。若者は将来の夢を見ることができません。

人間は、絶望的な状況になると一か八かの賭けに出るのです。報道される以上にこの国では強盗事件が起きています。迂闊にもカネの話を公の場でしてしまうと自動車ナンバーを控えられ後で襲われる羽目に陥ります。

 

女性が売春を選ぶのも合理的な行動です。彼氏や旦那に性を捧げるくらいだったら、カネに替えた方がマシです。一回一回の性交が確実に賃金となるのです。

その一方で、結婚をしたら子供を作ることを強要されます。しかしながら子供に教育を授けて自分の資産と知識を受け継がせるという考えは、庶民には想像も出来ない夢物語なのです。子孫を増やして将来の繁栄を夢見るどころか今より悪くなる未来しか見ることができません。

旦那は大した稼ぎもないのに自分は家計をやりくりして家事という重労働をこなさなければなりません。それなのに旦那は家庭が今の状態にある事をまるで自分の手柄かのように語ります。そもそも現代は男女ともに同じように勤め人となって働く事が求められています。そうした社会では多くの女性にとり結婚は不利にしかならないのです。

 

「他人に迷惑をかけなければ何をやってもいい」というのがこの国の道徳です。しかし「迷惑とは何なのか」というのが問題です。

たとえば電車の中で踊る外国人は日本人の憎しみの的となり多くの批判が寄せられます。一方で電車の中で酔いつぶれたり、大声で寄声を上げたり、他人を殴ったりする行為は見過ごされます。日本人は何事も起きていないかのように無視します。暴力を振るう人間は許されますが、幸せそうに踊る人間は許すことができないのです。

「電車の中で踊らないように」という警告のポスターは直ぐに貼り出されます。しかし「駅で人を殴ったり肩をぶつけたりしないように」という貼り紙は出てきません。そんな事は日本ではごく当たり前であり、誰の関心も呼ばないからです。

トラブルに巻き込まれるのは御免ですが、幸せそうな奴は懲らしめてやりたくなります。それが日本人です。

このように日本では協力し合うことが難しくなっているのです。それどころか違法行為に手を出さなければならない程に彼らは経済的に追い込まれています。

 

日本円の貨幣価値は下落しています。ドル円だけを見ていては駄目です。20年前と比べてクルマの値段は1.5倍以上になっています。コメの値段も1.5倍です。貯金をしていてもどんどんと価値が目減りしていくばかりです。投資をしても円高になれば全ての資産価値が下落していきます。日本人にとっても日本は投資のしがいが無い国なのです。

 

税金や社会保障の費用が給料に占める割合は既に5割を超えています。将来は8割や9割を持っていかれる事も予想しなければいけません。すべての労働者は副業を持つことを政府から期待されています。昼も夜もなく睡眠時以外はすべて労働に費やさなければいけません。「闇バイト」や売春も日本では立派な副業という訳です。老人になっても働かなければ生きていけません。

 

日本ではこれから「万人の万人に対する闘い」が当たり前になっていきます。政府や国の庇護を当てにすることはできません。全て自分で何とかするしかないのです。

 

日本人は他人に興味を持たず、干渉せず、近しい者以外は交わりを持たないという特徴があります。

日本人は子供の頃から親や学校の先生に干渉されます。彼らは子供に言うことをきかせる為に嘘も付きます。人権やプライバシーという概念はありません。

子供は好きでもない連中とも授業や部活で長時間一緒に過ごさねばなりません。就職すれば会社や役所の人間ともうんざりするような密度で人間関係を結ばなければならないのです。職場を退職する迄です。本音ではそれが嫌で仕方がないのです。それ以外は「一人で過ごしたい」と思うのは当然です。

 

しかしこれからはそうも言ってられません。他人から戦いを挑まれ、こちらも戦いを挑むことになります。奪われたり奪ったりする世界です。国家権力は強大です。自分の力で政府をどうにかする事はできません。だったら庶民同士で争い合うしかないのです。

 

歴史を振り返ると強力な中央集権の政治体制が続く場合には、国の経済が衰えていくという傾向があります。古代ローマ帝国や中国の明王朝ソビエト連邦はそうやって消えていきました。

 

人々が都市に集まり魅力的な市場が生まれて経済が活性化すると、それを手に入れようとする支配者が現れます。やがてエリート層による官僚組織が生まれます。あらゆる所に税が課され、煩雑な事務手続きが必要となります。新しい事をしようとすれば叩き潰されます。イノベーションが生まれなくなり経済は停滞します。通貨は乱造され悪性のインフレが引き起こされます。地主や「エリート」官僚という「寄生虫」「略奪者」「捕食者」「泥棒貴族」により経済は衰えていくのです。「大きな政府」は最終的に害悪しかもたらしません。

 

日本で経済が発展したのは、戦国時代や明治維新後、第2次世界対戦後といった混乱期です。いずれも中央集権体制が崩れた時です。

特に日本人は、保守的であり昔の仕組みをそのままにしようとする傾向があります。そのためいったん決められたルールや仕組み、そして組織がいつまでも永らえてしまうのです。

 

外国人投資家も国内の政治家や官僚と同じく「捕食者」ですから、保守的な体制が何時までも続く事を望んでいます。一党独裁制が危ういとなると日本株を一斉に売ります。

この国では新自由主義を標榜しながら自由ではありません。既得権益だけが全てを持っていきます。庶民にはチャンスがなく一方的に奪われるだけです。しかし彼らも保守的で変化を嫌います。日本の体制は盤石なのです。

 

これからもこの体制が長きに渡り続く事を念頭に入れて人生を設計しなければなりません。幸いにも日本では「お上に楯突く」ことは大罪ですが、弱いものを虐める事は称賛される社会です。学校や職場で虐められるのは「本人に責任がある」と判断されるのです。

 

全ての日本人は自給自足ができるように工夫しなければなりません。組織に属さなくても生きていけるように。地方自治が崩壊しても大丈夫なようにするのです。都市部で成功者になれるのはほんの一部分です。大多数はスラムに住む寄生者となります。それでも生きてゆく事はできます。まず最初に都会に出るか、田舎に残るかの選択をしなければなりません。そうしてハイエナのように残りものを漁る寄生者となるか。あるいは他人から奪う捕食者や略奪者になるか。それしかないのです。

 

日本では経済を回すための「信用」が崩壊しています。客は従業員に怒鳴り散らし、従業員は客を積極的に警察に突き出そうと身構えています。「人に優しくする」ことがリスクとなる社会です。性善説を前提とした商取引が難しいのです。「信用」は「カネ」に先行します。信用があるからこそカネが回るのです。

 

文明人は他人を信用して交易をしたり協力し合う事ができます。貿易の為に未開の地に赴くことができるのです。日本人はそうではありません。

文明社会では自然に「市場」が発生して人々が取引をすることができます。マーケットが生まれると「個人」「平等」「公平」「協力」という概念が育ちます。日本人は違います。怖い「お上」に従うだけで、あとは用心深く他人を疑いながら生きています。

 

他人を信用できない日本人は会社や役所において「疑似家族」を作る必要がありました。その枠組で全てを晒し全てを捧げ、それ以外の人々と敵対しながら競争をしたのです。これが日本の原動力でした。しかし今や年功序列や終身雇用が崩壊しました。組織の中でもお互いを信用できなくなって来ているのです。

 

日本でヤクザが、イタリアでマフィアが生まれたのには理由があります。いずれも政治家や役人を信用する事ができない社会だったのです。前近代的で身内しか信用できない社会です。まともな商取引が成立しない体制です。暴力がものをいう場です。国に従う一方で、個人としては互いに争い合う事が求められます。土地を確保し武具を備え自給自足の生活を送らねばなりません。

 

独裁制がこれからも続くのであれば、このような未来も覚悟しなければならないのです。

繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史