kurukuru89’s blog

主に原始キリスト教、哲学、心理、日本人について、気の赴くままに語ります。知識ではなく新しい視点、考え方を提供したいと思っています。内容は逆説的、独断的な、投影や空想も交えた極論ですが、日本人覚醒への願いを込めたエールであり、日本の発展に寄与する事を目的とします。(ここで言う日本及び日本人とはあたかもそれらを代表するが如く装うが、理性が未発達な為、感情的に動き、浅薄な信条に左右され社会に仇なしてしまう集団や人々を主に指しています)これらを通して人間に共通する問題をも探り散文的に表現していきます。

コメも食えなくなった日本人

コメの値段が上がっています。日本の食料事情はどうなるのでしょうか。この現象はこれからの日本について何を教えてくれるのでしょうか。

 

農業団体やそれと関係する業者は与党の重要な支持基盤です。役人にとっても利権の温床です。何があっても保護しなければならない対象です。

日本人は昔と比べてコメを食べなくなっています。需要が減ったのです。加えて人口の減少です。需要に対して供給を減らせばコメの価格が上がります。そのために政府は減反政策を進めてきました。それでも不十分です。次にコメの輸出を進めました。輸出であれば消費税還付金を還元できます。貧乏で文句ばかりを言う日本人にコメを売っても意味がないのです。

 

日本でのコメの値段が上がったのは政策による結果であり既定路線なのです。もっとも短期間で急激に高騰したのは少々予想外だったかもしれません。しかし漸く政府の策が効を奏して来たというわけです。

 

ここで少し説明すると、そもそも農家の収入は増えにくい構造となっています。技術革新によって我々の労働生産性は上がっていきます。そうするとイノベーションの恩恵を受けやすい工業製品の値段は下がっていきます。昔はラジオやテレビ、携帯電話やパソコンは大変高価なものでした。しかし今では動画を見れて通話やネットも利用可能なスマホが10万円以内で買えます。1日当たりの労働生産性が上がれば、モノの値段が下がって行くのです。

ところが農業技術というのは工業製品のようには行きません。特に日本のように機械化が遅れている所ではそうです。そうなるとあたかも農産物は高くなったように見えてしまうのです。農家の収入はそれほど増えていないのにです。しかし実際は昔よりも農産物の値段は安くなっているはずなのです。

 

こう考えてみてください。急激な技術革新で1日の労働生産性が10倍になったとします。ある工業製品、例えばスマホも1日当たり10倍の量が生産できるようになりました。今まで10万円の値段がしたのに1万円で買えるようになるのです。

一方でコメの生産量は増えるには増えたが2倍にしかならなかったとします。今まで1万円だったのが5千円になっただけです。スマホは20万円の給料で10万円出さなければならなかったのが1万円で済みます。1/2から1/20です。実際には給料も増えているはずなのでもっと安くなったように感じるはずです。ところがコメはそれほど安くなっていません。以前はスマホとコメの価格を比較すると10対1でした。しかし今は2対1なのです。まるでコメが高くなったように見えるわけです。

 

このように、いくら農家の収入が上がりにくい構造があるとはいえ、農業団体や関連業者の利益は確保しなければならないのです。与党や役人にとっては大事なお客さんだからです。

 

さて「コメが高くなった」といいますが、ここで江戸時代におけるコメの値段を振り返ってみましょう。江戸時代は1石(約1両)が1ヶ月の労働賃金に相当しました。コメ5kgの値段はおおよそ1万円といったところでしょう。米穀経済であり生産性も低かったので値段は高めです。それと比べると現在のコメの値段は5千円弱なのでまだマシだといえます。

とはいえ世界的に見れば「主食」と称するコメの値段が割高になったのは確かです。今や輸入した高級パスタやパンよりも高いありさまです。

 

それだけではありません。ファストフード業界も一斉に値上げに踏み切っています。コメや食材の値段は当分このままだと判断したのです。

たまたまプライムビデオを観ていたらインスタントコーヒーの宣伝をしていました。コーヒー豆の入手が困難になっているのです。インスタントコーヒーを飲む時代に逆戻りです。全てに渡り物価が上がっていますがその中でも食料が大幅に上がっています。これは大変悪い兆候です。

コメの値段は昨年と比べて2倍になりました。しかし日本人の手取りはこの1年で2倍になったでしょうか。資産は2倍に増えましたか?

 

最悪の事態を想定しておくべきです。歴史上の大飢饉は「食料が足りなくなったから」という単純な理由で起こったのではありません。政策により食糧の流通が滞ったのが大きな原因なのです。

世界の人口は昔と比べて大幅に増えています。しかし食料もまた増えているのです。農業の機械化、肥料の改善、遺伝子操作を含む品種の改良により世界の人口を十分に賄えるほどになっています。世界のどこかで飢饉が発生していても世界全体で食料が不足しているわけでないのです。ただ特定の地域に流通していないだけです。

 

毛沢東の時代に史上稀に見る大飢饉が発生しました。中国での餓死者は数千万人と言われています。それにより全世界の平均寿命が下がってしまった程です。

地方に行くと100体以上の死体が野外に放置されていました。しかし誰も関心を持ちません。その一方で上級国民はたらふくご馳走を食べていたのです。食料を盗んだ者には厳罰が下されました。肥溜めに投げ込まれて死ぬことになったのです。

人肉食も当たり前に行われました。子供も食べました。勇気が無い人間は他人の子供と自分の子供とを交換しました。子供が死ぬことで配給を残った家族で分け合う事もできたのです。

 

中華人民共和国大飢饉」の原因は人為的なものでした。自然災害は切っ掛けに過ぎません。中国を近代的な工業国とする為に数々の改革が性急に行われたのです。そのほとんどは科学に名を借りた愚策でした。

しかし毛沢東の強力な指導体制のもとで中国の末端に至るまで土地や家畜、食料の共同所有が急激に徹底されることとなり政策の実現を強要されたのです。

 

中国で飢えたのは貧乏人だけではありません。富裕層も党の気に沿わなければ食べる事ができなかったのです。いくら貴金属やドルを持っていても食べ物が手に入らなかったら意味がありません。収穫したコメもとられてしまったのです。

昔の中国や北朝鮮のような全体主義国家、アフリカの独裁政権国家ではしばしばこのような飢饉が起きています。

 

日本もいつ大飢饉が発生してもおかしくはない状況です。長期の経済低迷に加えての政府の愚策、それに去年の不作がきっかけとなって現在のコメ不足が起きています。原因は構造的なものですから改善されることはありません。

「食うために給料を上げてくれ」と言わざるを得なくなったとしたら、その国はもう終わりです。生活必需品の価格変動に耐えられる十分な賃金を貰っているのが普通の国だからです。

これからは特定の地域や階層の人々が飢えて死にます。飢饉で大勢の人々が死んでも、能登半島で発生した地震被害の時のように人々の関心を呼ぶことはないでしょう。ニュースにさえもならないでしょう。都会のスラムでは食っては行けますが毎日長時間を食料配給を受けるために並ぶ事になるでしょう。

富裕層であっても食料のルートを必ず確保しておくべきです。特に地方では重要です。

 

なぜ日本はこんな事になったのでしょうか。そもそも国民の賃金を上昇させるには経済成長が続かなければなりません。国が豊かであっても成長がなければ賃金は横這いか下がっていきます。需要が減って行くからです。中国は昔から豊かな国でした。これからもそうでしょう。しかし近代に至るまで経済成長がなく中国の庶民は貧しかったのです。

日本はバブル崩壊以降に経済の成長が止まりました。賃金は横這いか緩やかに下がっていきました。その間に国の資本は食い潰されて行ったのです。そしてとうとう余裕がなくなりました。いくら個々人が頑張っても資本の投下がなければ近代的な成長を望めません。これから急激な経済崩壊が訪れ物価が高くなり実質賃金も大幅に下がって行くのです。


日本は人間の価値が大変低い国です。人々はこぞって自分を安売りしています。近代以降は安物を輸出して世界と勝負しようとしたのです。経済が低迷しても企業は人件費の安さと政府の補助の上に胡座をかき、新製品の開発や改善を怠ってきました。そのために日本の生産性は上がるどころか下がって行ったのです。

しかしいざとなれば人材を切り捨てれば良いのです。この国では底辺層の人間が経済や社会の安全弁となっているのです。具体的にいうと非正規雇用派遣社員、パートやアルバイト、大学院生や大学の研究職です。その中でも特に若い人たちや女性です。

 

大きな政府」や「官僚国家」というのは害悪でしかありません。特に日本の場合には十分な社会保障政策すら行っていないのですから尚更です。

日本は明治時代から政府の号令によって国民が一斉に動く全体主義的な社会を目指してきました。ところが巨大でありながら動きが速いものは大変脆いのです。巨大な山々が姿を現すまでには長い年月が必要です。その代わりに簡単には崩壊しません。人間が作る高層ビルは直ぐに建設ができますが飛行機の衝突や地震で簡単に崩壊してしまいます。相場で巨額の売り買いを繰り返している素人のデイトレーダーもそうです。

こういったものは時の試練に耐えられません。一見すると変化に素早く対応が出来て目覚ましい効果を上げているように見えます。しかしそれは一時的なものです。ゆくゆくは破局が訪れます。明治維新以降の日本がそうです。太平洋戦争での敗戦しかり。バブル崩壊後の長期のデフレしかりです。

 

全体主義的な国において強い指導力のあるリーダーが現れると酷い事になります。官僚国家と強権的指導者の組み合わせは最悪です。歴史を振り返ってみて下さい。ヒトラースターリン毛沢東といったものが極端な例です。1世代が革命とその失敗を経験した稀有な例です。

革命家は国を安定させる為に強固な官僚制を敷きます。その弊害が現れるのは通常後の世代です。例えばナポレオンや日本でいうと大久保利通がやったようなものです。しかし上で述べた例では直ぐに破局が訪れました。間違った方向で急激な改革が行われたからです。

 

そして日本は今でも官僚国家です。そこに有能あるいは無能で豪腕な指導者が加わると経済は混乱し国家は一気に衰退します。東條英機田中角栄中曽根康弘、小◯純◯郎、安◯◯三などです。

日本のやり方は失敗だった事が150年の時を経て証明されました。しかし日本はそのやり方を改めるどころか戦前と同じような社会を逆に目指しているのです。遠からずカタストロフィーが日本にもたらされるでしょう。「神風」を期待しても無駄です。

 

ただひとつ戦争だけが日本を救う道です。日本悲願の台湾有事です。紛争が始まって日本人の若者が挽肉と化せばカネが生み出されます。彼らは幾らでも代わりが利く家畜に過ぎません。国にとり価値はゼロです。むしろ「お国のために」◯んでくれたほうが有難いのです。我々にとっては日本復活の大きなチャンスとなるのです。国土が荒廃しても一部の人間は生き残る事ができます。現在の政党を支持していれば必ず戦争は起こせます。政府と与党の言う事を良く聴いて従順に従うことをお勧めします。

 

日本の個々人はこういった点をよく理解したうえで、これからの自分の人生の行く末を決めていく必要があるのです。

国富論 1 (岩波文庫 白105-1)

反脆弱性[上]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方