「ボーン・アルティメイタム」という映画があります。主人公、ジェイソン・ボーンは過去の記憶を無くしていますが、諜報機関に属していた時、研究施設において別の記憶、人格を植え付けられ殺人兵器に作り替えられたことが徐々に明らかになっていきます。
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人の記憶は想起する度に、新たに上書きされていきます。思い起こした時の、自分の論理的な解釈、感情によって、記憶が変わっていってしまうのです。
同じ出来事でも、自分の都合の良い解釈へと記憶が変わっていくため、人によって、記憶がまったく異なるということが起こります。映画「羅生門」は、ひとつの出来事についての証言が、登場人物によって全く異なってしまうということを示した先駆的な作品で、こういった現象を「羅生門効果」("rashomon effect")と呼ぶことがあります。
これを利用して、他人の過去の出来事についての記憶を改ざんすることも可能です。さらにはその人の嗜好を変えることもできるのです。
例えば、相手に対し、ある出来事について思い出して話をするように求め、それに対して、「実はこうだったのではないですか?」「よくその場面を思い出してください」と誘導することによって、他人の記憶を改ざん、すなわち洗脳していくことが可能です。真実をところどころ混ぜ、相手に想像させ、集中させることがコツです。
心理学者、エリザベス・ロフタスが実証したように、虚偽の記憶("false memory")を植え付けることは、比較的簡単にできるのです。
冤罪事件における、警察による自白強要も記憶の改ざんの実例です。釈放されそうにないので、あきらめて虚偽の供述内容を認めるというのもありますが、巧みな誘導によって記憶が変わり、自分自身でさえも、誘導されたストーリーを真実だと思い込むことがあるのです。
感情を結び付けた嗜好のコントロールには、電気ショックなどの古典的な条件付けから、脳内化学物質に似た化学薬品を用いたものまで様々です。映画のように、まったく別人格の人間にすることも理論的には可能です。コストも時間もかかるので現実的ではありませんが。
我々自身の「エピソード記憶」でさえ、真実かどうかがあやふやなのですから、洗脳によって人の思考を方向づけるのは容易いことです。物事を判断する時には、それが本当に自分の考えなのかどうか一度、立ち止まって吟味してみる、こういった批判的思考はますます重要になってきています。