kurukuru89’s blog

主に原始キリスト教、哲学、心理、日本人について、気の赴くままに語ります。内容は逆説的、独断的な、空想も交えた極論ですが、日本人覚醒への願いを込めたエールです。

なぜ日本の大企業は凋落しているのか

このところ、日本の大企業が凋落の度合いを強めていっています。その理由を構成員の思考様式や組織の点から考えてみたいと思います。

 

日本の組織というのは、使い古された言葉ですが「縦社会」であり、表面上は厳格な階層組織となっています。この秩序を乱す者は悪であり、懲罰を受けます。秩序さえ守っていれば、間違っていようが、法律に触れようが問題なかったのです。

 

日本の一般的な社員に求められているのは、効率よく仕事ができることではなく、毎日、決まった時間に来て、上司の命令にすぐに反応できるよう長時間席に座っていることです。そして上の命令には、間違っていても従わなければなりません。

 

仮にあるプロジェクトが発足して、そのプロジェクトマネージャがどれほど頭がおかしくて、間違った命令を連発していたとしても、大人しく黙って従っていれば良いのです。それが賢明な社員というものです。ここで正義感に燃えたり、正論を振りかざして上の権威にたてつく人間は、どんなに仕事が出来ようが、排除され左遷されていきます。プロジェクトが成功するかどうかは重要ではないのです。仮に失敗してもそれはリーダーの責任なので、黙って従った社員は自分を守ることができます。

 

ただし、これは原則であって、失敗の責任を現場の担当者になすりつけて、詰め腹を切らせることがあります。また企業規模が小さくなるにつれて、こんなことは言ってられなくなります。失敗を見過ごしていたら、納品ができず、会社自体が倒産するかもしれないからです。ですから末端の下請け業者は真面目に、自分で考えて働きます。

 

日本では素人がアサインされて経営をやっていたり、責任あるリーダーの地位についていたりします。日本は「上に行けば行くほど、バカが出てくる」といいますが、それは当たり前なのです。専門的な教育を受けず、現場や末端で実際にどう動いているかをまったく把握していないような人間がその椅子に座っているからです。

 

戦後の経済成長では、アメリカの庇護のもと、大企業の「信用力」による無限とも言えるような資金調達力と、利潤を考慮しなくて良い市場拡大を第一と考える経営、安い労働力とアメリカの広大な市場に頼った、ほぼダンピングとも言える大量生産品の輸出攻勢によって、束の間の繁栄を得ることができました。大企業にまともな能力がなくても、末端の企業や作業員が安い賃金で必死で働いてきたおかげで、日本はかろうじて、まともな製品を作ることができました。もっとも、それはほとんどが高級品ではなく、大衆向けの安物コピーではありましたが。

 

しかしそういった時代は終わりました。企業は、銀行への返済の為、株主の利益の為に利潤を第一に考えなければなりません。当たり前です。日本の労働者の単価は安いとは言えなくなりました。人口減少で頭数も足りません。下請け企業は法的にも、経済的にも、社会的にも不安定な位置におかれ、まともなものを作る余裕はなくなりましたし、日本市場の縮小、オフショアや海外調達、海外進出で、仕事自体も減っています。大企業はコスト削減で生き延びても、スピーディで的確な企画力、経営統合力を欠いていますので海外勢に太刀打ちできません。

 

このように、個々人はもともと優秀でもなく、非効率な組織であった日本企業が、そのアドバンテージを失って凋落しているのは、当たり前なのです。