バッハの無伴奏チェロ組曲は、チェロ奏者であるカザルスが19世紀末に再発見するまで忘れられた存在でした。今ではバッハの代表作のひとつと看做されています。「チェロの旧約聖書」とも呼ばれます。
作られた時期はブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲、平均律クラヴィーア曲集などと同じくケーテン時代の1720年頃だとされています。
この頃のチェロは通奏低音楽器のひとつでした。通奏低音のパートは、楽譜には基本的なベース音だけが示されているだけで、奏者はそれにプラスして音を付け加えていたのです。テノールの旋律楽器としては、チェロよりもヴィオラダガンバが一般的でした。そのような状況で、チェロの独奏で、しかも無伴奏というのは画期的なことだったのです。
チェロ単独で演奏する曲ですが、まるで複数の楽器によって演奏されているかのように聞こえます。複数の旋律が絡み合うポリフォニーを、ひとつの楽器で実現しているのです。テノール部分とバスの部分に分かれているだけでなく、お互いに旋律を掛け合ったりもしています。
奏者によってかなり異なって聞こえるというのも、この曲の魅力のひとつです。演奏技術には極めて高いものが求められます。昔のチェロとは違い、現代のチェロでは複数弦を同時に弾くこと自体が困難になっています。楽譜では4つの音を同時に弾くように示されていても、低音部と高音部に分けたり、あるいは分散和音のようにして演奏されます。もちろん高度な音楽的センスも要求され、機械的に演奏してしまってはお話にならない曲です。
無伴奏チェロ組曲は第6番までありますが、その中でも第5番は、今となっては不可能な変則チューニングを前提としたものであり、第6番は、今では知りようもない5弦の楽器の為に書かれたものです。4弦しかないチェロではアクロバティックな運指を強いられ、演奏はかなり困難です。テノールでありながらも、かなり高音域に偏った曲であり、独特の魅力を持っています。
バッハの無伴奏チェロ組曲は独奏曲でありながらも、広大な精神世界を感じさせる、尽きない魅力を持った曲です。
オランダバッハ協会に所属する若手による無伴奏チェロ組曲第3番です。第3番はいかにもハ長調らしい朗々とした張りのある曲です。この曲を難なくしかも個性的に聞かせています。音色も綺麗です。特に1番目のプレリュードと5番目のブーレで良い演奏を聞かせてくれます。
ミッシャ・マイスキーによるチェロ組曲第6番です。ニ長調なので弦楽器の音がよく響きます。チェロは、音が前に出てダイナミックな表現が可能なモンタニャーナです(チェロにもバイオリンと同様に、ストラディバリウス、アマティ、ゴフリラーがあり、それぞれ音が違います)。
マイスキーはラトビアの出身で、ソビエト時代には強制収容所に入れられたこともあります。その後アメリカにわたりカーネギーホールでデビューした後に、グラモフォンでの一連のレコーディングで有名になりました。