kurukuru89’s blog

主に原始キリスト教、哲学、心理、日本人について、気の赴くままに語ります。内容は逆説的、独断的な、空想も交えた極論ですが、日本人覚醒への願いを込めたエールです。

プチ偽善者を量産する愚かな親たち

タバコのポイ捨てを子供が注意してトラブルに巻き込まれたり、老人が歩きスマホを注意して殴られたり、順番待ちのマナーで争ったりと、この国では偽善的動機による愚かな行為が後を絶ちません。それが報道されるや否や、一緒になって非難している連中も同じです。

タバコのポイ捨てや、歩きスマホが、一体、あなたに何の危害を及ぼしたと言うのでしょうか? 日本人はこの手の偽善を好みます。そして子供にまで同じことをするように教えます。しかも実に詰まらない、どうでも良い事に拘ります。

子供は愚かなので、この親から教わった「正義」という武器を使って、見ず知らずの人間を攻撃をします。「それは悪いことだ」と言えば、無敵であり何でも許されると思っているのです。こういう輩が、成長してから陰湿なイジメに加担したり、ネット上の炎上に便乗するような人間となるわけです。

日本人の正義、道徳律というのは体系だっておらず、実に相対的です。ですから帰属集団の意向によって、何が良くて悪いのかが変化し、悪質なイジメを何の罪悪感も無くやってのけるのです。キリスト教国家が、日本人は残忍だと言って非難するのは、こういう理由から来ているのです。

もし本当に正義感に燃えているのなら、ヤクザが乗ったレクサスに駆け寄って「一般道で60km以上の速度を出すのはいけない!」と注意してあげてください。愚かで偽善的な行為であることは変わりませんが、信念を持つ人間だという事は認めてあげましょう(笑)

人をさばくな。自分がさばかれないためである。 (マタイ7:1)「自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。 」(マタイ7:4-5)