ジミ・ヘンドリックスはチューニングを低めにチューニングしていた事がよく知られています。一般的にチューニングを落とす理由は次の通りです。
(1)自分の声のキーに合わせる
(2)音を歪ませた場合に低音弦での重量感を得る
(3)弦のテンションが弱まり、チョーキングなどが若干やりやすい
(4)チューニングを落とすことによる独特の響きを得る
もちろんデメリットもあります。ベースだったらすぐに調律を合わせられますが、ピアノ(Are You Experienced)やチェンバロ(Burning Of The Midnight Lamp)、グロッケンシュピール(Little Wing)などの他の多くの楽器と合わせるのが難しくなります。またジミヘンはE♭のキーも多用しましたが、音に敏感なミュージシャンや聴衆が違和感を持つ可能性もあります。
それでもジミヘンが低いチューニングに拘ったのは、心地よい響きを徹底的に追求した結果だと思われます。ギターの場合、高めのピッチは一見きらびやかですが気持ちよく響くのは調律の基準とされる440Hzよりも低めになります。ジミヘンはその派手なパフォーマンスやトリッキーなプレイに注目され勝ちですが、彼のサウンドは聴いていてとても心地よいのです。ファズやアンプで歪ませ、フィードバックを多用しながらも、出てくる音は不快ではありません。
ジミヘンのチューニングは基準音のAでいうと、410Hz~430Hzにチューニングされていることが多いです。標準の440Hzより低めです。半音下のA♭で415Hzあたりですから、半音下げの調律でもさらに低めを好んだことが分かります。ジミヘンが神経質にチューニングを繰り返すのがレコードでもビデオでも確認できますが、アーミングの多用によるチューニングの狂いを直すだけでなく、自分にとって気持ちの良いピッチを妥協せずに追及した結果と思われます。
どのピッチが良い響きを得られるかといのは個々の楽器の構造にもよりますが、ギターの場合、低めの調律にするとつややかな感じは失われますが柔らかな響きになります。テンションのきつい不協和音を多用したジミヘンですが、それをソフトで聴き易くする効果もあります。
現代の楽曲は440Hzやそれ以上のピッチが採用されていますが、昔はもっと低い調律が普通でした。クラシックの古典派は430Hz辺りの調律であり、バロック音楽は415Hz辺りの調律と言われています。チェンバロと合わせる必要のないフラウト・トラヴェルソによるバッハの無伴奏のソナタなどでは今でも410Hzの音階を聴くことができます。ジミヘンはクラシックのレコードも大量に聴いていましたが、(リヒャルト・)シュトラウスやワーグナーがお気に入りだったようです。("I dig Strauss and Wagner, those cats are good, and I think they are going to form the background of my music.") 彼のより良い音楽に対する貪欲さが伝わるエピソードです。
「パープル・ヘイズ」や、1オクターブ12音で構成される西洋音楽の範疇を超える革新的でありながら心地の良い響きの「アメリカ国家」演奏は430Hzの調律です。
初期の「アー・ユー・エクスペリアンスト」や、ロイヤルアルバートホールでの名演「リトル・ウイング」は410Hzで調律されています。もちろん、この頃は簡易なチューニング・メーターなどはありませんから、全てジミヘン自身の耳が頼りだったのです。