kurukuru89’s blog

主に原始キリスト教、哲学、心理、日本人について、気の赴くままに語ります。知識ではなく新しい視点、考え方を提供したいと思っています。内容は逆説的、独断的な、空想も交えた極論ですが、日本人覚醒への願いを込めたエールです。(ここで言う日本及び日本人とはあたかもそれらを代表するが如く装うが、理性が未発達な為、感情的に動き、浅薄な信条に左右され社会に仇なしてしまう集団や人々を主に指しています。これらを通して人間に共通する問題を探っていきます)

認識するから宇宙が存在する

物理学者、ジョン・ホイーラーの遅延選択実験というのがあります。実験装置から光を発生させ、その後、進路上に障害物を立てたり、立てなかったりすることによって、光が波のように振舞ったり、粒子のように振舞ったりするものです。光が障害物の有無を判断して、その振る舞いを変えるとは考えにくいので、観測者の意図(障害物の有無)によって、過去(実験装置から光が発せられる時)が変わる(粒子か波か)という解釈をする人達がいます。

 

しかしこの実験はそういう事を示しているのではなく、単に、光は、粒子と波という矛盾する2つの性質を有しており、観測した時々に応じて、そのどちらかを現すという事を示しているにすぎないように思われます。

 

量子力学の知見から、このような考え方もできます。すなわち、この物理世界は実体が無い情報のようなもので、認識上に存在しているに過ぎないということです。人が意識して観測するときに、初めて物理世界はその姿を認識上に現すのです。世界は魂が夢を見ているようなものに過ぎないという、一種のシミュレーション仮説です。

 

コンピューターにおいて、その中で扱われる情報は、0か1かの信号の集合に過ぎませんが、その極く一部分がモニター上に表示されることで、初めて人間にとって意味のある姿になります。エクセル表の数字の羅列も、見る人の設定によって、円グラフになったり、棒グラフになったりと、その姿を変えていきます。

 

この宇宙の法則を全て説明できるような大統一理論を追い求める物理学者は陥穽に嵌ります。その法則があれば、まるで機械仕掛けのようにビッグバンから今の複雑な世界を自動的に生み出せる、時間も空間も重力も全て説明できるという話は魅力的ですが、途方もない話です。宇宙の様々な法則は、もっと記述的なものだと思われます。プログラムに似ていると言えるでしょう。「この条件の時は波として振舞え、この条件の時は粒子として振舞え」といった具合です。

 

ジョン・ホイーラーは「参加型宇宙論」というものを提唱しています。宇宙を成り立たせているのは、人間の観測、意識であるということです。この段階に至ると、もはや哲学、考え方としか言い様がありませんが、現在のシミュレーション仮説でも当てはまる考え方です。しかしこれを認めてしまうと、心身二元論や、この世界の仕組みを構築した存在といった、実証することができず、自然科学では触れたくない、お化けが出てきてしまうのです。

 

この世の全ては、シンプルな法則に従い、何らかの微小な要素が集まって構築されたものである、という夢に浸っているのも精神衛生上は悪くはない話なのです。