kurukuru89’s blog

主に原始キリスト教、哲学、心理、日本人について、気の赴くままに語ります。知識ではなく新しい視点、考え方を提供したいと思っています。内容は逆説的、独断的な、投影や空想も交えた極論ですが、日本人覚醒への願いを込めたエールであり、日本の発展に寄与する事を目的とします。(ここで言う日本及び日本人とはあたかもそれらを代表するが如く装うが、理性が未発達な為、感情的に動き、浅薄な信条に左右され社会に仇なしてしまう集団や人々を主に指しています)これらを通して人間に共通する問題をも探り散文的に表現していきます。

人は自分の「いま」の行動を直接決定することは出来ない

人間というのは、実は、自分の「今」の行動を左右することはできません。生理学者、ベンジャミン・リベットの実験の知見がそれを示しています。人の行動は自身が意識する0.5秒前に無意識のうちに始まってしまっており、自己はそれを追認しているに過ぎないのです。

 

自分の思考も、己が意図して行っているように感じますが、多くは「自動思考」(Automatic Thinking)に過ぎません。会話する時を考えてみてください。スラスラ喋れるのは自分の意志が介入していないときです。いちいち意志が邪魔したら、それは吃音症という障害となり、上手く会話することができなくなります。行動と同じく、思考や感情も、自分の意志によって起動されているのではなく、我々は追認しているだけなのです。

 

追認とは言っても、自分の「いま」の行為(実は0.5秒前ですが)を常に注意深く観察している必要があります。集中はするが、余計なことはしないという意味です。「今」に集中するのは、自分の思考、感情、行動が好き勝手なことをしないための監視をするためであり、そのために、次に述べるような「是非」の判定を行います。

 

自己は、自分の「過去」の思考や行動、感情に対し、「是」とするか、「否」とするかによって、自分の「未来」の思考、行動、感情に影響を及ぼせます。直接それらを左右し決定することは出来ないのですが、自分の意図した方向への蓋然性を高めることができるのです。簡単に言えば、常日頃の自分の考えが、自分の「行動」を決めていくのです。自己は、自由意志のまったく無い、ただの観察者ではないのです。

 

「思考は現実になる」とか、言霊だとか、ポジティブシンキングとか、「事故を見ると自分も事故を起こしてしまう」とか、「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ」という考えは、意志と、思考、感情、行動との間の上のような関係について、直観的に気づいた人々が述べてきたことです。

 

さて、洗脳というのは自己を麻痺させることを狙ったものです。多くの知覚刺激や情報を与えられることによって、人は他人によって作られた思考、感情に流され、自分の意志による判定を行うことも出来なくなっていきます。そうすると、自分の考えや感情の様に思っていても、実はそのほとんどは他人によって植え付けられたものとなり、さらに、それらが自分の行動を左右します。つまり、己自身に変わり、洗脳者があなたの行動を支配するようになるわけです。