防衛機制から見る幼稚な日本人

マッカーサーは日本人は12歳の少年だと評しました。文脈はともかく、日本人の精神の幼稚さ(≠IQ)は、彼らの防衛機制のやり方から見ても明らかです。

人間は様々な精神的矛盾を防衛機制により解決し対応していますが、日本人の場合、より幼稚で洗練されていない「原始的防衛機制」というものを使うことが多いのです。

(1)例えば「スプリッティング」(分裂)というものがあります。日本人に見られる「ハレ」「ケガレ」の考え方がそうです。都合の悪いものだけ隔離し無かったことにします。自殺した女の子は被写体として相応しくないとか、日本ではハゲが忌み嫌われるなどがそれです。

(2)この「分裂」は「原始的投影」をもって、より苛烈に表面に現れます。自分の中にある穢れたものを認めることが出来ないが為に、代わりに、他人の中にある穢れを容赦なく攻撃するのです。まさに偽善者の所業です。

(3)「投影性同一視」といのは、自分の穢れを相手に投影し、相手側も影響され、それを受け入れてしまうような関係です。イジメなどにおいて、支配する側、される側が、その関係を、あたかも許容しているような状態がそれです。この為、陰湿なイジメが表面に出ずに最悪の結果をもたらすことが、しばしばあるのです。

(4)「原始的否認」というのは、都合の悪いことがあたかも無かったかのように振る舞うことです。原発事故で深刻な放射能汚染が今も続いているのに、上から下まで、まるでそんな事は無かったように行動し、「復興、復興」と唱えているような滑稽な光景がそれです。

(5)「退行」は低次の発達段階に戻ることによって、ストレスに対処するようなものを指します。こういう人間はお上や他人のいう事を鵜呑みにし洗脳されやすくなります。日本人が幼稚だと言われるのは、こういうところから来ているのです。

(6)「原始的理想化」というのは、「世界に誇る日本の○○」だとか、「中国も恐れる日本の軍事力」だとか、実態にそぐわない、誇大妄想的な自己評価をすることです。

(7)「脱価値化」というのは、先の理想化とはセットになって、都合の悪いものを過少評価するものです。「中国の軍事力は大した事は無い」だとか、最近の日本人が互いに罵り合うのに良く使う、「貧乏人!」、「アスペ!」、「日雇い派遣労働者!」などというのがそれです。

(8)「躁的防衛」というのは、上に述べたことと重なる部分もありますが、客観的事実以上に相手を貶めたり、自分や日本は優れていると思い込むことで、現実の辛さや悲観的な状況から自分を守ろうとする行為です。

このように日本の社会や人々に見られる幼稚で不合理な行動の数々は、彼らの原始的な防衛機制から説明できることが多いのです。